「あんま…ッ、気持ちい、ってカンジじゃね、よな……」
「そりゃヤる気がないからだ」
 止めるか、と聞くといんや、とやる気のない声と吐息が返る。しかし吐息はほとんど溜息で、どれだけ好意的に(悪意的に?)受け止めようとも情欲の欠片は感じられない。
 ロイはしみじみと溜息を吐いた。
「萎えるなあ……」
「いやアンタさっきからずっと萎えてっから」
「男抱いてもつまらん…」
「今言うかそれ…オレまで萎える……」
 青年の体内を蠢いている指がぬるぬるとしている。気持ちが悪いということもないが、なんだか指がふやけそうだとロイは思った。
 快感を与えるよりもただ解すためだけに近い動きに時折走る痺れに息を詰まらせつつも、大して高ぶることなくエドワードは黒髪に指を差し込みさらさらと撫でている。その髪を撫でる仕草がロイを抱くときと同じだと気付き、ロイは思わず笑った。
「………な、に笑ってんの」
「いや、抱かれる側に回っていても君は私を抱きたいのだなと思って」
「いやさっぱり解らん」
「意地を張るのは止すか?」
 
 そもそも私の言い出した条件ではないのだし。
 
「男に二言はない」
 きっぱりと言い切るエドワードに、そうかね、と言ってロイはまた笑った。
「まったく、私にとっては勝っても負けても得にならない条件だったな。というか君、チェスもポーカーも弱過ぎだ」
「………アンタ、ほんっとにただの一回も、オレを抱きたくなったこと、……ッて、……ないの?」
「ないね」
「………四年間一度も?」
「一度も」
 エドワードは大袈裟に天井を仰ぎ、機械鎧の手で額を抱えた。
「けっこーショック………」
「セックスには付き合っているだろうが」
「いやセックスってふつーどっちか片方の気持ちだけでするもんじゃねーだろ……」
「………何を当たり前のことを言っているんだ。自慰に付き合っているつもりはないぞ」
「ッつ、」
 わざと強く抉ってみると色気のない小さな悲鳴を上げてエドワードが肩を強ばらせた。
「あのなあ……」
「スマンスマン、痛かったか?」
「痛……い、ってほどじゃね、けど、オレ初めてなんだからもーちょっとさー……」
 エドワードは二度呼吸を置いて息を整え小首を傾げた。
「なんつーかさ、優しくして?」
「……………気持ち悪いな君……」
「酷ェ」
「物凄く優しくしているつもりなんだが」
 二本差し込んでいた指を引き抜き、三本に増やしてゆっくりと捻るように差し込み直す。
「ふーん、入るものだ」
「………アンタいつも自分のケツに何突っ込まれてんのか解ってねーのか……」
「うるさいな。……痛くないか?」
「あー……全然……平気」
 そうか、と言ってロイは金髪の掛かる頬を空いていた左手で包み、目尻へと口付ける。小さく音を立てて頬や鼻や額や唇の端へとキスの雨を降らすと、エドワードがくすぐったそうにくつくつと笑った。
「かわいーこと……すんじゃん、将軍」
「嬉しいだろう?」
「うん、ま、悪くね、かな」
 言いながら左腕を伸ばしてロイの下腹部を撫でると僅かに腰が浮く。浮いた隙間に手を差し込み、エドワードはあーあ、と溜息を吐いた。
「ほんと、萎えてるし……」
「だからいつも言っているように君に喘がれても」
「わーかってる、つの……勃たせてやっから」
「どうする?」
「ん…い、よ、このままで」
 機械鎧の手が器用にベルトを外しズボンの前をくつろげた。遠慮なく直接下着の中へと差し込まれる鋼の冷たさにロイは眉を顰め、身を屈めてこつりと額を付ける。
「………なんつ、か、さー……凄ェ、みっともねーカッコ……」
「……んー?」
「股に手ェ突っ込み合ってる、つのが」
 くつくつとロイは笑う。
「セックスなど格好悪くてグロテスクなものだ」
「あー……エロティックとグロテスクは紙一重、だっけ」
「……なんだそれは」
「あ? アンタが前に言ってたんじゃなかった、っけ?」
 言っていない、と憮然と返してふとロイの睫が伏せられた。そのほんの僅かに色を乗せ始めた顔にエドワードは欲情する。
「………んじゃ、どっかの、酒場のねーちゃんから聞いた、の、か、な……」
 憶えてねェな、と熱の籠もり始めた声で呟くエドワードにロイの黒い眼が瞼の下から現れた。面白がるようなその眼にエドワードは舌打ちをする。
 ロイはにやにやと嫌な笑みを浮かべた。
「おや、女性と経験出来たのか?」
「………してたら、イヤか?」
「というか、していないのが嫌だ」
「アンタほんっと、むかつく……」
「もういいかな」
「つか、アンタがどうなんだ。挿れられんのか」
 まあなんとか、とよく解らない返事を返してロイが指を引き抜いた。その指の動きにすっかりと馴染んでいた腸壁が追うように絡み付いて行くのを感じてエドワードは総毛立つ。
「ッ……わ」
「どうした?」
「………や、なんというか、………アンタに挿れるときも前戯は丁寧にやろうと今心に決めたというか」
「なんだかさっぱり解らんが」
 ロイはにやりと笑ってエドワードの鋼の左足を抱え上げた。
「気持ちが良かった、ということかな、鋼の」
「………そーゆーこと訊くとフラれるんじゃないですかね、将軍閣下」
「君は男で付き合いの長い恋人だからいいんだ」
「………アンタ釣った魚には餌やらないタイプだろ……」
 答えずにやりと笑ったその顔はいつもの涼しい顔のままだが、冷たい鋼の手の刺激に煽られたのか目元が僅かに血を乗せている。
 
 ああくそ、エロい顔しやがって。
 
 挿れたくなるじゃねーか、と考えながら、エドワードはずるずると身体が滑り落ち枕へと沈み込むのを感じた。身体は弛緩したままだ。恐怖はない。
「挿れるぞ」
「宣言しなくて、い……ッ」
 ぎしり、と引き攣り軋んだ背とシーツの間に滑り込んで来た手が、ゆっくりと宥めるように膚を撫でる。しつこいほど慣らされたせいか痛みらしき痛みはなく、ぬるぬると侵入してきた雄は先端が入り口を過ぎたところで動きを止めた。
「………息をしろ」
 囁かれ、は、と大きく息を吐き反動で空気を貪る。ちかちかと瞬いていた星が消え替わりにどくんどくんと血管が切れそうなほどこめかみが脈打つのを感じながら、エドワードは眇めた眼で覆い被さる恋人を見上げた。
「大丈夫か?」
 青白い顔を汗が伝い、エドワードの頬へと落ちた。エドワードは腕を伸ばして黒髪を払い頬を撫で、自分の興奮に赤く色付いた震える膚との対比に下肢へと熱が集まるのを感じる。
「オレ、は、へーきだけど……もしかして、キツ、い?」
「ちょっとな」
「悪ィ………ちょ、待って」
「慌てなくていい」
「んな、青い顔してなに、言って……んの」
 ふー、と大きく息を吐いて身体を弛緩させる。ふ、と睫を伏せて安堵に似た息を吐いたロイは、エドワードの呼吸に合わせて僅かずつ腰を進めた。そのたび走る悪寒に似た快感に、エドワードは背を震わせて黒髪を抱き寄せ、噛み付くように口付けた。口内を犯すと下になっているせいで唾液が流れ込んでくる。
 構わず柔らかな舌へと己の舌を絡め引き出し甘噛みすると背を撫でていた手が強く背骨を押さえた。
 内臓を押し込むように、すべて収めてロイはエドワードの額を押し遣り強制的にエドワードの舌を口内から追い出す。エドワードは顎を流れた唾液を手の甲で拭い、にやりと笑ってロイを見上げた。
「な……ど?」
「………なにが」
「オレん中。気持ち、いい?」
「………それは普通、私が訊くべきことなんじゃないかと思うんだが」
「いーじゃん、どっちでも……オレ、は、いーし、さ」
「いいのか」
「うん。……だから、アンタも気持ちいいと、嬉しい、ん、だ……ッ、けど」
 エドワードは両腕を恋人の肩へ絡め、引き寄せた。腕の中に閉じ込めるように抱き締め首筋で動く黒髪に頬を寄せる。耳殻を尖らせた舌の先でなぞり上げると仕返しのように奥を突かれ、エドワードは低く呻いた。失笑が鼓膜をくすぐる。
「色気がない」
「…いやー……なんつ、か、難しいのね、喘ぐ、のも」
「だろう」
「高い声、なんか、出……ッ、ね、し……」
 私の苦労が解ったか、と偉そうに言いながらもロイの動きはいっそ緩いほどに優しい。ゆるゆると快感を引き出して行く動きにエドワードは震える息を深く吐いた。
「な……」
「ん?」
「オレ、はすげ、いいんだ、けど……アンタ、いいの?」
「何が」
「イけそーかって訊いて、んだけど」
「うん、普通に」
「………凄いイけなさそうなお返事ですね…」
「いや、これはこれでちょっと面白いというか」
「おも……」
「貴重な体験をありがとう」
「なにそれ……萎えるんですけど……」
 試しに締め付けてみるとロイは息を詰めて動きを止め、エドワードを睨んだ。
「……あ、のな」
 エドワードににやりと笑う。
「あー、やっぱ、アンタそーいう顔のが、そそる」
「もうイかす」
「あ、ごめ、ちょっと待って、もーちょっとしてた…ッ、て、ァ、」
 くつくつと笑いながら揺さぶられ、エドワードは首筋に吸い付く黒髪を片腕で抱き鋼の指をシャツの裾から差し込んで胸を弄る。途端きり、と肩を噛まれてまた笑う。下肢にロイの細長い指が絡んだ。
「ァ、……ッ、い、いよ、ロイ」
 体内に感じるロイの質量に息が乱れ、自分の浅い息に煽られて眼が眩む。ロイを噛み呑んでいるのだと感じるとそれだけで達しそうだ。
(ああ、確かに)
 犯されているのに犯しているような錯覚に陥る。ロイの言う通り、多分自分は抱かれていてもこの男を抱きたいのだろう。
 
 まあ、これはこれで気持ちいいけど。
 
 気遣いが過ぎて優し過ぎる感はあるが、ロイは女たらしの名に恥じずセックスは巧い。だから気持ちがよくないわけはないのだが。
(腰立つかなー……平気ならこのままこいつ抱きたいとこだけど)
 繋がりと指の動きで急激に射精感が込み上げる。エドワードは歯を食い縛り呻いて恋人の背を強く抱き寄せた。胸が密着して薄いシャツから体温が透ける。
 
 ───熱い。
 
 相手が興奮している、と感じた瞬間快感が背骨を駆け上りエドワードは達した。同時に無意識に強く締め付けられたロイがぐっと息を詰め、体内から自身を引き抜く。己のものではない熱い飛沫を腹の上に感じて、エドワードは恍惚と息を乱したままにやりと笑んだ。
「………ふーん。イけたじゃん、将軍」
「……これでイけなかったら不能じゃないか……?」
「いやあ、アンタそろそろいい歳だしなってもおかしくないんじゃないの、不能」
「そんなに枯れてない……」
 お互い息を乱したまま軽口を交わし、忙しなくキスをする。その合間にロイのほとんど留められたままだったシャツのボタンを外して肩から滑り落とし、エドワードは恋人の肩を押し遣って身体を入れ替えた。
「………おい」
「お、だいじょぶ、平気。アンタ丁寧にやさしーくやってくれたから腰立つし。これならできる」
「待て待て待て! するつもりなのか!?」
「ウン」
「いやこっくり頷いても可愛い歳じゃないからもう……って腹を擦り付けるな! せめて拭け!」
 本当に首筋を粟立たせて気味悪げに抗議するロイににやにやと笑い、エドワードは汗で濡れる黒髪を掻き上げた。
「いいじゃん、どうせまた汚れるし。後でまとめてシャワーでいいだろ」
「そういう問題じゃない……」
「面倒臭ェなあ。女みてェ」
「……って、やっぱり女性としたことがあるのか」
 エドワードはにんまりと笑んで両手でロイの頬を包んだ。
「してたらイヤ?」
「していなかったら嫌だと言っただろう」
 エドワードはくすくすと笑ってロイの顎の先に口付けた。
「安心しろよ、アンタとしかしたことないから」
「いや全然安心じゃないんだが」
「正直じゃないなあ」
「物凄く正直なつもりなんだが」
「解った解った」
「………なんだか物凄く可愛くない……」
「今更だよな、アンタも」
 十代の恋人との言葉の応酬に疲れてはあ、と溜息を吐くいい歳をした大人に、青年は喉を鳴らして笑いキスをし、低く囁く。
「好きだよ、将軍」
「今更だな、君も」
「そーゆーときはね、私も好きだよって言うんだよ」
「……………。……君、やっぱり女性を抱いて来ただろう。しかも根掘り葉掘り睦言とはどういうものなのかも聞き出してきたな?」
 さて、どうだろうね、と嘯いて、エドワードは何か言いたげな唇を塞いで舌を押し込み言葉を呑んだ。
 不本意そうな長い指が、抗議するように金髪を引っ張った。

 
 
 
 
 

■2004/8/24
「お前にヤらせたら賭けた意味がねーだろーがよ」と大佐が言わないことをいいことにやりたい放題のエド。という話。
タイトルはドラゴンランスセカンドジェネレーション『賭けるか』から引用ですが内容は全然関係ないです。

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