いつものように大佐の家へ向かっただけだった。それだけのつもりだった。
 なのに合い鍵を使って開けたのに玄関先まで迎えに出てくれた大佐を見た途端なんだか理性のたがというヤツがぶっとんで、そのまま胸倉を掴み引き寄せて唇に噛み付き押し倒そうとしたらかなり思い切り拳で殴られた。それでもまだ脳味噌は(というかもう身体中の血が)ぐらぐらと煮え滾っていて、殴られた頭の痛みなんか構わず続けようとすると回し蹴りを食らってさすがに転げた。
 飛び起きざま何すんだ、と怒鳴ると今のは普段の君なら避けている、と腕を組み仁王立ちになった大佐は座った目でオレを睨み、偉そうな口調で風呂へ行けと命令をした。
 そのきっぱりした口調になんだか毒気を抜かれて、オレは言われた通り風呂へと向かい、ぼんやりとシャワーを浴び、濡れた髪から水を滴らせたまま居間へと行くと簡単に食事が用意されていて、オレがそれを食べている間に大佐がシャワーを使った。
「アンタ食べないの」
「いらん。今食ってもどうせ後で吐く」
 はあ? と眉を顰めたオレに負けないくらい眉間の皺を深くして、大佐はじろじろとオレを見た。オレはとっくに欲情していたからそんな色気の欠片もない視線でも見つめられているだけでもう居心地が悪くて、犬のように呻いて逡巡し、結局大佐に腕を伸ばした。けれどその腕は大佐の手を掴まえることは出来なくて、逆に大佐に掴まれて引きずられるように寝室に連れ込まれ、ベッドに放り出されたオレは扉をきっちりと閉めカーテンを閉めてサイドテーブルのランプの灯りを絞る大佐のもうほとんど暗闇と同化して、けれどほんの僅か炎にきらりと白目を光らせる目をぽかんと見て、その目がオレに向けられたことに気付くに至り、今度こそ理性はぶっ飛んで、大佐がやれやれ仕方のないヤツだ、と溜息を吐いたのを夢心地に聞いたような気はしたがよく覚えてはいない。
 
 大佐は朝方オレがようやく眠りに就く頃にベッドから降りて洗面所へ向かったようだったから、多分言葉通り吐きに行っていたんだろう。アイツがセックスの後に吐くのは久々の気がする。最近はもうなかったのに、大分無理をさせた気がする。
 昼を大分過ぎた頃に目覚めた時、大佐は隣で眠っていて、その青い顔に唐突に罪悪感が芽生えて困惑していたオレの気配に気付いたのか瞼を上げて、それからおはようと言って起き上がりてっきり相当に叱られるものだと覚悟していたオレに何も言わずに服を拾いながらメシはどうする、なんて普通に訊くものだから、オレはもうすっかり混乱してアンタ何考えてんのと叫んでしまった。大佐は大いに眉を顰めた。
「何って何が?」
「いやだから……いつもならスゲェ怒るとこだろここは!? なんで普通にしてんの? 通しだったわけ、昨日のは?」
「全然通しじゃないから調子に乗るなよ」
 釘を刺して、大佐はどう言ったものか、とでも考えているようにわしわしと髪を掻き混ぜてうーん、と唸った。
「………なんというかだね、私も男だと言うことで解ってはもらえないか」
「は? したかったの?」
「したかったなら吐くわけなかろうに」
 それもそうですね。
「だからなあ……」
 はあ、と大佐は溜息を吐いて、首を傾げて斜めにオレを見た。
「情動を知っているか」
「………は?」
「若いうちにはあるものだよ。こと男で、性欲に関してとなれば」
「……………。………は? なに、じゃ、アンタ、オレが盛ってたから付き合ってくれたわけ?」
「君はいつも盛っているだろうに。そうではなくてなあ、あのまま放置して暴れられても困るし」
「オレは猛獣か!?」
「似たようなものだろう」
「あのなあ!」
 大佐ははは、と笑ってオレの頭を掴むようにして乱暴に撫でた。
「ま、いつも付き合えるとは限らないから、出来るだけ溜めないように頼むよ」
「頼むよって言われても………」
 というか、それでいいのか、散々犯された翌日のコメントは。
 
 こいつやっぱりどこかおかしい、と首を傾げ、けれどどこがおかしいのかもよく解らないまま、オレはシャツのボタンを留める大佐の指を見つめ、僅かに欲情し、その腰に抱き付いて殴られた。

 
 
 
 
 

■2004/12/07

後で書き直します。

2005.9.12/スポイルの後に入れてましたが前じゃないのこれ? と思ったので前に移動しました。

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