5 / 夏休み |
「あー………蝉の声」 「ウゼェ」 フローリングへ足を投げ出してベッドへ寄り掛かり天井を見上げて呟いたロイに、その正面でローテーブルにテキストを広げていたエドワードが見もせずに切り捨てた。ロイはあー、と間延びした声を相槌のように上げて、相変わらずだらだらとしたまま眼を閉じた。 「出来たのか、鋼の」 「出来た。つかこれ簡単過ぎる。なんでこんな無駄なことしなきゃないの」 「義務」 「もう国家試験受かってんだからいいだろ」 「18歳までは私が学力をチェックするからと上を説き伏せて受験資格をもぎ取ってやったのを忘れたのか」 「ハイハイ、感謝してるよ。それより院の研究室はどうなのよ、『マネージャー』」 「上がバカだから芳しくない」 「アンタ失礼。教授どもに言いつけてやろっかなー」 「仕返しに君の父上に君の所行を言いつけてやる」 「何、アンタの息子さんに犯されましたって?」 「むかつく」 身を起こして足を引き寄せ、胡座を掻いたロイが手を差し出す。その手にテキストを渡し、エドワードはごろりと温いフローリングへ寝転んだ。 開け放した窓の外でみんみんと蝉が煩い。 冷房を入れようと主張しても職場で冷房を浴び過ぎて体調が芳しくないと言うロイに却下され、今この部屋は自然の風だけが頼りだが涼を運んで来るとはお世辞にも言えない。 「あのさー」 「なにさ」 「この間の花火の日、アンタリザさんといただろ」 「いた。なんだ、君も来てたのか」 「うん、ウィンリィと」 「デートか。微笑ましいことだ」 「うるせぇ。つか、人前であんないちゃいちゃしてんじゃねーよバカップル」 「羨ましいならそう言え」 「いや全然羨ましくないから」 軽口の合間にもぱら、とページを捲る音が響く。ほとんど完璧な解答であることはロイも承知しているはずなのに、妙なところで真面目なこの男はいつでもしっかりとすべてに目を通して手を抜くことはない。 ………オレのことだと手抜きはしないか。 後は研究のことと、リザさんのことと、悪意への報復と。 なんだ結構全力投球だなこいつ、と考えて、多分その反動が残りのどうでもいいことに返って来ているのだろうとエドワードは思った。 「あーのーさー、ロイ」 「マスタング先生」 「せんせーさあ、しない?」 「主語がない」 「するっつったらひとつじゃん」 「しない」 「ケチ」 「可愛い彼女がいるくせに男としたがる貴様がおかしい」 「アルとかウィンリィ犯すわけにはいかねーだろ」 「対象に弟が入っているのがますます解らない」 「可愛いじゃん、アル」 「貴様の言う可愛いと私の思う可愛いは別なんじゃないかと思う。……よし、問題なし」 テキストを閉じてテーブルへ放り、ロイは再びベッドへと寄り掛かった。 「暑いなー」 「だから冷房入れようって」 「暑くて気持ちがいい」 「………マゾ?」 「失礼な」 「アンタまだ国家錬金術師資格の受験希望者の家庭教師してんの」 「してる」 「どんなの相手」 「大学生のお嬢さんがひとりと、高校生男子がひとり」 「見込みは」 「どっちもちょっと難しいから腕の見せ所」 「そんなのばっかりだな」 「合格率100%のスーパー家庭教師なもんで」 「アホか」 くつくつと笑って眼を閉じたロイを身を起こして眺め、エドワードはよいせ、とテーブルを跨いだ。 「あのさー」 「んー?」 「生徒食うなよ」 「そんなことしたらリザちゃんに殺される」 「あと食われんな」 「安心しろ。同性の家庭教師を襲う変態は君くらいだ」 「変態とか言うな」 「無自覚か。頼むから裸で街を駆け回ったりしないでくれ。恥ずかしい」 「いや露出狂じゃないから。てかそれ変態の種類が違くない?」 言いながら顔を近付け、黒い眼を覗く。 「………鋼の」 「しよ」 唇を寄せる。黒い眼は閉じることはなく、穏やかにエドワードを眺めている。 ふいに視界に飛び込んだ黒い影に、エドワードは触れ掛けていた唇を反射的に離した。影はと、と軽い音を立ててロイの襟元へと止まる。 「………今日で夏休みは終わり」 秋を運ぶ透明な四枚の細長い羽を持つ虫に指を寄せ、ロイが微笑んだ。 「だから帰りなさい」 細い身体に大きな複眼の虫はロイの顎をぱし、と羽で叩いて飛び立った。部屋を旋回して窓枠にぶつかり、再び外へと逃げて行く。 エドワードは思いきり顔を歪めた。 「アンタもしかして、オレがアンタに惚れてるとか勘違いしてんじゃねぇ?」 「いいや、君は私に惚れてなんかないさ」 「………ならいいじゃん。困ることなんかないだろ」 「だが、君は私に恋をしている」 反論をしようと口を開き掛けたエドワードは、軽く顎をつままれただけてすーっと腹の底へと言葉が落ちて行くのに戸惑った。 「夏の病だな。涼しくなれば治まるよ」 「………なにそれ」 「そろそろちゃんと彼女に恋をしてやれ、鋼の。女の子は早熟だ。君が大人になるのを今か今かと待っているのかもしれないぞ」 むう、と顔を顰め、エドワードは手を振り払ってロイの胸倉を掴み乱暴に口付けた。歯がぶつかりぱっと血の味が広がる。痛みはないから、多分ロイの唇が切れた。 案の定、エドワードの額を押し遣り顔を離したロイは血の滲む唇を舐めた。 「……リザちゃんに浮気を疑われる」 「これって浮気じゃないわけ」 「子供で男相手に何をどうしたら浮気になるんだ」 「その子供に犯されてんのはどこのどなた」 「いや、抵抗してほしいなら殺す勢いでしてやるが」 「………もう少し貞操というものに興味を持ったほうがいいんじゃないかとオレは思う」 言って舌の先で唇を舐めると、痛い、と抗議された。構わずにその舌を首筋に這わすと薄く血の跡が付く。 「していーのー?」 「ダメ」 「強姦ならいい?」 「いいわけがあるか。私も今日で休みは終わりなんだ。明日は仕事なんだから止せ」 「じゃあいつならしていいの」 「溜まってるんなら彼女にさせてもらえ」 「だからウィンリィ犯すわけにゃいかねぇっつってんだろ。オレらまだ高校生なんだから」 「………君の貞操観念がどのへんにあるのか解らない」 言いながらもボタンを外そうとすると小突かれた。エドワードは頭を押さえてむくれながらも渋々顔を離す。 「つまんねーのー」 「早く帰れ。今夜はリザちゃんが来るんだ」 「………アンタ明日仕事がどうのとか言って、実はそれがさせてくれない理由なんじゃ」 「彼女も明日仕事なんだからさせてくれないよ。夕食を作りに来るだけだ」 もう一度つまんねぇの、と溜息を吐き、エドワードはテーブルに座り込んでいた腰を上げた。 「んーじゃあ帰りますー」 「気を付けて帰れよ。寄り道するな。家に着いたら電話しろ」 「どこのオッサンだアンタ」 「送って行ってやろうか。小学生と間違われて誘拐でもされたらかなわん」 「誰が小学生だこの童顔三十路男」 まだ二十代だ、とやる気なく抗議する声を聞きながら、エドワードは伸びをして外を見た。 夕焼け空は高く、やっぱり夏はそろそろ終わりなのだった。 |
■2004/8/21 何でやろうがエドロイはエロ直結です。何故だ。