3 / 花火 |
「俺と結婚しないか」 頭上にぱあっと散った花火が彼女を目指して降る様が火のシャワーのようで壮絶に美しかったから、気が付いたときにはそう言っていた。 彼女は瞬きの少ない(夏場も冬場も空調で乾燥気味のオフィスで長時間パソコンと向かい合っているのでいつでもドライアイのその充血した様が痛々しい)瞳でロイを見上げ、先ほどからずっと指先だけで繋いでいた手を見下ろして、もう一度見上げた。 「………気でも違いましたか」 いや勢いとはいえプロポーズした相手にそれはあんまりじゃないのか。 ロイは額を抱えた。どぉん、と上がった花火がおんおんと空気を震わせて、人混みがざわめき拍手が起こる。火の粉こそ降っては来ないが爆発した火薬玉の破片がぱらぱらと落ちて来て、下から仰ぎ見る打ち上げ花火は美しいが服や髪は塵だらけになってしまう。 「あのな、リザちゃん……」 「そろそろこの手は離してもいいでしょうか、マネージャー」 「いやダメだ! ていうかそれは婉曲なお断りなのか」 「いえ、無関係です」 「じゃあ今言わなくてもいいだろう。というかデートしているのだからマネージャーは止したまえ」 「ではあなたもその言葉遣いをどうにかしてください」 オヤジのようです、と微塵も表情を変えずに言ったリザにロイは眉間を押さえて項垂れる。 「オヤジ………」 「あなたはちょっと若さが足りません」 「君に言われるとへこむ……」 リザは僅かに首を傾げ、再び指先だけを繋いだ手に目を落としてふ、と溜息を吐いた。 「………リザちゃん?」 掌全体で繋ぎ直されぎゅ、と温かく力を込めた手に、ロイが顔を上げる。リザは首を傾げてひとつ瞬きをした。 「私はまだ結婚する気はありませんし、特に子供も欲しいとは思いませんし、実家は極道ですし、こちらは縁を切っているつもりですが相変わらず父は私を溺愛していますし、あなたのお父上は警察庁長官ですし、我らが職場は職場結婚の例がありませんし、教授連は職場での恋愛に理解がありませんし、そもそもあなたは浮気者です」 「………改めて言われると物凄く障害だらけの恋だな。というか浮気などしていないが」 「気付いていないと思っておられるなら私もなめられたものです」 いや本当なんだが、とぼやくロイに構わず、リザは半歩歩み彼の腰に片腕を回し、ぽかんと見下ろした恋人に婉然と微笑んだ。呆気にとられていた恋人は一瞬ののちにまるで女を知らない少年のように鮮やかに紅潮し、その黒い瞳にカラフルな火の粉のシャワーが映り込んで光の雨が落ちているかのようだ。 「もしかするとあと10年も20年もお待たせするかもしれませんが、私が結婚しようと言う気になるまで待ってくださるなら、お受けしましょう」 言葉を最後まで聞かず、ロイの手がリザの肩を抱き寄せた。押し付けられた胸の奥から歓喜の音が響く。 「いつまでも待つよ」 「心変わりしたら殺します」 「絶対にしない」 「……浮気ならば許して差し上げますが、あまり頻繁なようなら制裁は覚悟してください」 「浮気などするものか!」 「まったく嘘吐きですね、あなたは」 くすくすと笑い、リザは求められるままに顔を仰向け眼を閉じた。 「あ、あれマスタングさんじゃん」 幼馴染みの指を辿り、エドワードはかき氷のストローを銜えたまま眉を顰めた。 「公衆の面前でなにやってんだあいつ……」 「でも相手のひと、あの金髪ってリザさんだよ。彼女でしょ」 「恥じらいはないのかあのバカップルは」 「いいじゃん別に。あんたってなんかそういうとこ古風」 言ってエドワードの腕に自分の腕を絡め、ウィンリィはぐいぐいと引いた。 「それよりホラ、射的!」 「お前…花火見ないの?」 「空気銃撃ちたいの」 「情緒がない……」 「あんたに言われたくない」 「アルどこかなあ」 「パニーニャとデートなんだから探すな!」 「あー……お前なんかとじゃなくアルと来たかった……」 「アルはパニーニャと行きたがってたんだから邪魔しない!」 腕に僅かに当たる胸の柔らかな感触から気を逸らせようとぶちぶちと文句を言うと、まったく気付いていないらしい恥じらいの足りない幼馴染みはくるり、と顔を向けた。 「それに、あたしはあんたと来れて嬉しかったよ」 「────は!?」 「あ、リンゴ飴ー」 「いやおい、ウィンリィ、それって」 「ほらほら、焼きとうもろこしもあるよ。あんた好きでしょ。ばっちゃんからお小遣いもらったからおごってあげるよ」 「いやそうじゃなくて」 「食べたくないの?」 きょとんと見た灰青の眼は夜店のオレンジの明かりが映り込んで何とも言えない色合いをしている。 エドワードは何か言おうとして失敗し、結局がく、と頭を垂れた。 「食べます……金ないんでおごってください」 「何言ってんの、銀時計持ち」 「研究費で焼きもろこしが食えるか。うちも小遣いは決まってんだよ」 「トリシャおばさんって結構お金には厳しいよねー」 「つか、買い食いに厳しい」 組んでいた腕が離れいつの間にか手が繋がれている。 その体温にわずかに照れながら、あーオレもあのバカップルのことなんか言えないなあ、とエドワードは思った。 |
■2004/8/20 いちゃいちゃで。夏なのでいちゃいちゃで!