1 / 浴衣  


 
「ああ、そうじゃないアルフォンス。帯はもっと下だ。それじゃあ女の子だろう」
「え、…このくらいですか」
「もっと。腰骨の辺り」
 帯を結んでやろうと手を伸ばしたロイの襟を、浴衣を羽織っただけのエドワードがぐいと引いた。
「………鋼の」
「兄さん……」
 それぞれの冷たい視線を受けてエドワードは前をはだけたままふん、と偉そうに鼻を鳴らす。
「アルに触んなこの万年発情期男!」
「………パンツ一丁で凄まれても」
「てゆーかボクも先生も男だから兄さん」
 ロイは「あー弛んだ」と自分の浴衣の襟を引き、くるりとアルフォンスに向き直った。
「アルフォンスが済んだら君のを着付けてやるから少し待て、鋼の」
「だーかーらー触んなっつってんだろ!」
「この調子じゃ女の子たちよりも遅くなるぞ。少し黙ってろ」
「オレが着付けてやるからお前はどけッ!!」
「いや無理だから」
「無理じゃねェ!!」
「結構難しいから、着崩れないようにするのは」
「先生、どこでこういうの覚えたんですか?」
「リザちゃんが上手いんだ。彼女に教えられた」
「あ、そっか、リザさんのご実家って」
「うん。着物着付けるのも着るのも慣れているんだね」
「無視すんなコラ」
「ほら出来た」
 ぽん、とアルフォンスの腰を叩いてロイはエドワードに向き直る。
「次は君」
「………自分でやる」
「駄々を捏ねていないでさっさとしなさい。私も君が今引っ張ったところを直したいし」
「誰が駄々捏ねてんだ」
「君」
「ガキ扱いすんなッ!!」
「ならガキみたいな真似をするな」
 言い争っている大人と兄を置いて、アルフォンスはさっさと部屋を出た。向かいの和室からきゃあきゃあと楽しげな声が聞こえる。
 アルフォンスはしばらく障子の前でうろうろとし、それから階段へと座って頬杖を突いた。しばし待っていると障子が開き、女性陣が現れる。
「あれ、アル。エドたちは?」
「兄さんが愚図愚図言うからまだ着付け中」
「なーにやってんのよもう! バカなんだから!」
 よし急かしてきちゃる、と黄色の浴衣の袖を腕捲りをしてどたどたと二人のいる部屋へ向かうウィンリィを苦笑して見送り、アルフォンスはパニーニャを見上げ、目を細めた。
「わー、すっごい可愛い、パニーニャ!」
「あはは、ありがとー。アルも可愛いよ」
「……う、嬉しくないかも」
 褐色の膚に渋い赤に白と灰色と黄色で大きな柄の入った浴衣を纏った娘はごめんごめん、と笑う。
「かっこいいよ」
「ありがと」
 嬉しそうに笑みを浮かべたアルフォンスに、リザと連れ立って和室から出て来た母がくすくすと笑った。アルフォンスがかあっと頬を染めた。
「ちょっと笑わないでよ、母さん」
「ごめんごめん。でも本当、似合ってるわよ、アル」
「ありがと」
 照れ隠しなのかむー、とむくれつつ礼を言い、アルフォンスは立ち上がってパニーニャの手を取った。
「じゃ、行こっか、パニーニャ」
「あら、エドたちはどうするの?」
「兄さんはウィンリィと行くだろうし、リザさんは先生と行くんでしょう?」
 落ち着いた灰青の浴衣に身を包んだリザは、僅かに首を傾げる。
「あなたたちの監督をするつもりだったのだけれど」
「えー、いいですよ、気にしなくて。せっかく綺麗にしたんだから、先生と二人で行って」
「とかなんとか言って、パニーニャちゃんと二人で行きたいだけなんでしょう、アル」
「そ、そういうわけじゃないんだけど! ……それもあるんだけど」
 ごにょごにょと付け足したアルフォンスにトリシャはくすくす笑いが止まらない。アルフォンスはますます赤くなると一緒になって笑っているパニーニャの手を引いた。
「も、もう、パニーニャも笑わないで! 行こうよ。それともみんなと一緒に行きたい?」
「んー……そうだねえ」
 アップにした黒髪をシュシュと花簪で飾ったパニーニャは、笑ったように吊り上がっている愛嬌のある唇を軽く尖らせて思案の顔を見せた。
「時間を決めて待ち合わせて、途中で一度合流しない? で、みんなでパレード見るの」
「花火は?」
 パニーニャは丸い瞳を細めてにんまりと笑う。
「みんな二人っきりになりたいんじゃない? リザさんたちとか特にー」
「あら、私は別に構わないけど」
 中学生二人は顔を見合わせてにんまりと笑い、悪戯を企むような顔で揃ってリザを見た。
「またまたー」
「大人こそ二人きりになりたいんじゃないですか?」
「少なくともえーと……彼氏さんはそう思ってると思うけど?」
 ぱちぱちと瞬いているリザを余所に、じゃあ7時半に駅の時計台の前で、来なかったら置いていくから、と勝手に約束を決めた中学生たちはさっさと下駄に足を突っ込みいってきまーすと賑やかに出て行った。
「嵐みたいねえ」
「可愛い嵐ですね」
「まったくね」
 ふふ、と笑い、トリシャはリザを見上げる。
「さあ、向こうが終わるまでお茶でもどうかしら」
「いえ、もう終わると思いますし」
「いいからいいから。ウィンリィちゃんが騒いでいるもの、きっとまだよ」
「………いただきます」
 トリシャはにっこりと笑い、リザの腕を引いた。
 
 
 
 
 
「ちょっと何やってんのよー! 遅い!」
「おわ!? 入ってくんな着替え中だぞテメェ!!」
 パンツ一丁で喚き慌てて浴衣を羽織って襟を合わせたエドワードに、ウィンリィはふんと鼻を鳴らした。
「あんたの裸なんて見慣れてるわよ」
「恥じらいのないこと言うな!! つか誤解されること言うなッ!!」
 すっかり誤解した顔で「ほお」と呟きにやにやと笑っているロイを指差しエドワードは怒鳴る。その顔が真っ赤だ。ウィンリィは何照れてんのよ、と溜息を吐いた。
「幼馴染みなんだから当たり前じゃん。ていうか、遅いよ二人とも。女子より遅いってどういうこと」
「すまないね、ウィンリィちゃん。鋼のがどうしても私に着付けを任せたくないと言って暴れるもので」
「………先生もはやく襟直してください。先生かっこいいから色っぽいけど、乙女の前でさらしていい姿じゃないです」
 はだけた胸を指して言うウィンリィに、おやこれは失敬、と平然とした顔でロイは襟を直し始める。少女はうもー、と項垂れて溜息を吐いた。
「自分じゃ出来ないんだから、早く着付けてもらいなよ、エド」
「………イヤだ」
「どうして」
「……………。……なんか負けた気分になるから」
「意味解んない」
「あー、じゃあこういうのはどうかね」
 襟を直し終わったロイがにっこりと胡散臭い笑顔を浮かべて人差し指を立てた。
「私が指導してあげるから、ウィンリィちゃんが着付けてあげるというのは」
「はあ!? ふざけんな無能!! 何バカ言って」
「あ、じゃあそれで。いいわよね、エド」
「いや良くないだろ明らかに!?」
「うっさいわよアンタ。じゃあ黙って先生に着付けてもらう?」
「いや自分で」
「無理。ほんっと無理。せっかくおじさんが見立ててくれた浴衣なのにくしゃくしゃに着る気?」
「クソオヤジなんかどーでもいいんだよ別に」
「おばさんに言い付けてやる」
 うっ、と詰まったエドワードを余所に、落ちていた腰紐と帯を拾ってウィンリィはロイを見た。
「どうすればいいんですか?」
「女の子のと違うからね、簡単だよ。襟を合わせて帯を結ぶだけだ」
「だから自分で出来るって」
「アンタ帯結べないじゃん。ていうかこんなに簡単なのになんで先生にしてもらうのイヤなのか解んない」
 言いながらもウィンリィはロイに指示されるままに襟を合わせ、帯の位置を決める。妙ににこにことそれを眺めているロイを諦めたのか大人しく立っているエドワードが睨んだ。頬がまだ赤い。
「……なに笑ってんだよ」
「ん? いやー、夫婦のようで微笑ましいなあと」
「オヤジかテメェ」
「……悪かったねオヤジで」
「先生、これでいい?」
「おお、上出来。上手いね」
 えへへ、とロイを見上げて笑うウィンリィに、エドワードがあからさまに不機嫌に半眼になった。
「おい、ウィンリィ!」
「なによ」
「行くぞ」
 手首を掴みぐいぐいと引くエドワードになんなのよちょっとー、と困惑げに引きずられて行く少女を見ながら、ロイはくつくつと喉を鳴らした。
「青春だなあ」
 そういうとこがオッサンだっつーんだよ! と廊下から響いた声に、ロイはまた笑った。

 
 
 
 
 

■2004/8/31
ノーマルカプをぎゅうぎゅうに詰めてみた。こっそりホモ混じってますが。
トリシャさんは出せたので満足です。ホーエンハイムは結局出せなかった……でもなんとか終わりましたよおかーさーん!(誰)

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