NO1:ファーストキス
ぽかん、と見下ろした金の眼が瞬いた。
「な……へ?」
開けっ放しの口に埃が入りそうだったので顎をちょいとつついてやると慌てたようにぱくんと閉じられ、子供は忙しなく瞬いた。それから恐る恐ると大人を窺う。
「………あのさ」
「なんだ」
「…………。……今の、なに?」
「キス。口付け。接吻。綴りはK、I、S、」
「いっ、いい解った! ってそうじゃなくて!」
「付き合っているならキスくらいするだろうが」
と、いうか。
「押し倒しておいてキスもなしってどういうことだ」
「え、だって」
子供は鮮やかに頬を染め、もじもじと睫を伏せた。気持ち悪いなと口の中で呟いた大人は乱暴にはだけられたシャツの合わせに手持ち無沙汰に指を滑らす。ボタンが取れ掛けていてうんざりとする。
「は、」
「は?」
「恥ずかしい、し……」
「………………。」
半眼になった大人は、べし、とハエでも叩くかのような大雑把さでまだ照れている子供の額を叩き、深く深く溜息を吐いた。
前途多難。
そんな文字が脳裏を過ぎったとしても致し方のないことだ、と額を抑えた子供から勢いよく放たれる文句を聞き流しながら大人は思った。
NO2:寝起き
さむ、と震えて瞼を上げると、くるまっていたはずの毛布が行方不明だった。
あれ、と呟いて身を起こすと背中合わせで大人が寝ていたはずの場所に毛布のみのむしがいる。
「………………。」
金眼を半眼にしたまま子供はぐいと毛布を引き、ついでにごろりと転がってきた大人を足蹴にして引き剥がし体温で温まった寝具にぬくぬくとくるまった。
「………………。」
寒いと思ったら、と溜息を吐き、大人は毛布から僅かに覗いている金髪を軽く引いて憮然とし、本来ならば己の所有物であるはずの寝具を引き剥がしに掛かった。子供がくるまっていたはずの毛布はベッドの下に落ちていたが、拾うために冷たい床に足を下ろす気にはなれない。
ころりと転がった子供にぼふ、と毛布を掛け、己もまたその体温を移した柔らかな寝床に潜り込む。寝心地のいい体勢を探す間に子供の小さな身体が擦り寄り、丁度良く腕の中に収まった。
「………寝よう」
呟いて、窓から差す朝の光を無視して大人は瞼を閉じた。
NO3:下剋上
「た、大佐……?」
ぎこちなく引き攣った笑みを浮かべて見上げた子供に、大人は婉然と微笑んだ。
「何かね、鋼の」
「こっ、この体勢は一体……」
のし掛かる大人と押し倒されている己を指差して恐る恐る尋ねた子供に、大人は更に笑みを深くした。
「下剋上という言葉を知っているかね、鋼の」
「ってそれって立場的に普通オレが使う言葉なんじゃ……ッ!?」
唇を塞がれ、むぐ、と唸った子供は容易く押さえ込まれた手足にさあっと青醒めた。
大人の本気は侮れない。
どこでごめんなさいを言えば許してもらえるのかと、やたらと巧いキスに半泣きになりながら子供は謝るタイミングを必死で図った。
NO4:国家錬金術師
床に放ったズボンからこぼれた銀時計がごん、と音を立てた。
「あ、いけね」
「なんだ」
「銀時計。傷付いちまう」
身を起こして床に手を伸ばし掛けた子供の腕を掴み、大人がぐいと引く。身体の上に引き倒されて、文句を言い掛けた唇が塞がれた。
「………え、なに、たいさ、時計拾わせ、」
「傷など付くものだ」
「え、」
「君の下げている銀鎖は俗世と断絶をして研究室に閉じ籠もる研究者の携えるものではない」
大人は僅かに酷薄さを交えた笑みを薄く唇に閃かせた。
「我々の持つそれは、軍属の───戦う者の携える、狗の証だ」
その真っ黒な眼が嗤っていなかったので。
子供は黙って、作り物めいた笑みを刻む唇を塞いだ。
NO5:我が家のエドロイ
「なんだ鋼の、その様は」
顔の真ん中に細い引っ掻き傷を作った様を笑うと、子供は憮然として肩を落とした。
「アルが拾った猫がさー……」
「なんだ、猫にやられたのか」
「今は大人しくなってるけど川に落ちてて溺れてて、水から拾いあげたときって恐慌状態でさあ」
「今は獣医か?」
「ああ。で、ホテルに猫入れらんないから、今日さ……、」
「アルフォンス君は直接こっちに?」
皆まで言わせず察した大人はごとごとと棚をあさっている。子供はうんと頷いた。
「獣医済んだらすぐ来る。悪ィな、なんか」
「構わんさ。アルフォンス君に見せてやりたい本も溜まっていたし、そろそろ君と1日くらいトレードしたいと思っていたところだ」
「なんでオレだけ仲間はずれだよ」
むくれる子供に笑って、救急箱を出して来た大人は消毒薬を染みこませた脱脂綿で引っ掻き傷をそっと撫でた。子供はいてえ、と肩を竦めた。
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