胸 に 灯 



 
 
「クリスマスパーティだぁ? 仕事しろよ」
 可愛くない声を上げ可愛くないことを言った若干15歳の少年に、ハボックはいやだから、と両手を広げた。
「仕事の休憩時間にだな、ちょっとリッチなメシをデリバリーして、プレゼントをだなあ」
「そんなにぬるくていいのか軍部」
 ふん、と鼻を鳴らし、エドワードは手帳を開いた。
「あー、絶対駄目。南方への列車の最終が19時4分なんだ」
「明日発つんでもいいだろ。降誕祭くらいゆっくりしてもばちは当らんと思うけどな」
「ゆっくりしたらゆっくりした分損すんだよ確実に。つか、今からチケットの手配なんかできねーっての。少尉、この時期の空席事情を舐めてるな」
「……ああ、帰省ラッシュ」
 ここ何年か帰ってねぇからなあ、と頭を掻く煙突男に、エドワードはだから駄目、と繰り返して踵を返した。
「んじゃ、行こうぜ、アル」
「うん」
 控えていた鎧の弟は素直にこくりと頷き、ハボックにぺこりと頭を下げてさっさと歩き出していた兄を追った。
 その無機の少年を見送りながら、アルもこういうのは好きじゃねぇのかな、とハボックは溜息を吐いた。
 
 
 
「兄さん、待ってよ」
「おせーぞアル」
「いいじゃんちょっとくらい待ってくれたって。まだ時間あるんだから列車は逃げないよ」
「うまく行けば一本早いのに乗れんだろ」
「キャンセルなんか出るわけないでしょ。席取れないって言ったのは兄さんじゃん」
 まったく、と溜息のような声を洩らし、アルフォンスは兄の隣へ並ぶときょろきょろと街を見回した。
「やっぱり降誕祭だねえ。田舎のリースも素朴でいいけど、こういう大きな街はイルミネーションが綺麗だよね」
「そうかあ? ひとが多くて歩きづらいだけだけどな」
「兄さん人込みだと埋もれちゃうもんね。迷子にならないでね」
「あーあーそうですね! でっかいアルフォンスくんが目印になるからはぐれようはありませんね!」
「なにキレてんの」
「るせぇ」
 け、と毒吐き柄悪く歩いて行く兄に肩を竦め、アルフォンスはその赤いコートを見失わないよう足を速めた。しかしついつい目は周囲へと向いてしまう。
 デコレーションされた街、というものはもう珍しくもなかったが、それでも今日この日、大切なひとと過ごすために足早に帰路へと付く人々の、その笑顔の浮かぶ寒さに赤くなった頬や鼻や、弾む白い息は眼に暖かだ。広場に設えられた大きな樅の木の、たくさんのオーナメントは不揃いで、きっと小学校の子供達の手作りなのだろうとアルフォンスは思った。
「おい、余所見してると転ぶぞ」
 うきうきした様子で辺りを見回していたアルフォンスに、兄の酷くつまらなそうな声が掛けられた。アルフォンスはうん、と生返事を返して、お馴染みの赤い衣装を着た風船売りに眼を奪われている。
「アル」
「うん? なあに?」
「オレはお前といられればいいから他のヤツと降誕祭過ごそうなんて全然思わなかったんだけど」
「え?」
 兄のどこか消沈した声に気付き、アルフォンスはふと綺麗な形をしているつむじを見下ろした。エドワードは頑に正面を睨み付けている。
「お前、少尉たちと一緒にいたかったか?」
「え?」
「だからさ、パーティとかしたかったかって」
 だったら戻ってもいい、手違いでチケットが取れてなかったとか言い訳するから、と言って見上げた兄は笑っていなかった。
 アルフォンスは何言ってんの、と僅かに笑う。
「ちょっと楽しそうだな、って言うか、仲良くていいなって思ったけど、別に構わないよ」
「楽しそうだと思ったんだろ? なら」
「でも別に羨ましくはないもん」
 小さく肩を竦めてアルフォンスは笑う。
「降誕祭は大事なひとと過ごす日だよ。そりゃあ、軍部のひとたちと過ごしても楽しいだろうけど、でもボクも、兄さんと過ごせるならどっちでもいいや。兄さんの楽しいほう、幸せなほうで構わないよ」
「お前はどっちが幸せなんだよ」
「だから、兄さんの幸せなほうが」
 どっちにしても兄さんは一緒にいてくれるでしょ、と首を傾げたアルフォンスに、エドワードは言葉に詰まり、ふと視線を前方へと向けた。
「………行くぞ」
「そんなに急がなくても」
「急がねーと駅でやってる生演奏が終わっちまう」
「え?」
「管楽団が来てるんだってさ」
「………兄さん、そういうの興味あったっけ」
「オレはねぇけど」
 それ以上言葉は続かなかったが、アルフォンスはふと黙り、それからへへ、と笑ってどんどん先へと行ってしまう赤いコートの小さな背を、弾む足取りで追い掛けた。

 
 
 
 
 

■2005/1/17

クリスマス限定SS。フリーSSでしたが、現在は配付は終了しておりますので持ち帰らないでくださいませー。配付終了とともにデッドリンクしてましたがこっそり復帰させてみました。

初出:2004.12.24

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