折れた爪にくちづけを。
キャミソールの胸元を飾る、ワインレッドのレースの合間から覗く肌が白い。
冬の最中だと言うのに利き過ぎて暑いほどの空調をそのままに、少年に言わせれば下着となんら変わりのない露出の高いトップに黒のボトムを合わせただけの恋人は、先程からソファの上に足を引き上げた子供のような体勢で真剣にマニキュアを施している。
空調に乾いた空気に刺激性の臭気が漂い不快感を煽り、せっかくの逢瀬に放置されている不満も相まって少年はひどく不機嫌だった。
「──別に、爪なんか赤くしなくても」
「赤じゃない、紺だ」
「いいよどっちでも。そんなの塗らなくてもアンタ美人だよ」
「ありがとう。では君に会うときは爪には構わないことにする」
「他の男と会う予定があんのかよ」
投げやりに尖った口調で言うと、予想していた弁解とは裏腹に肯定が頷きと共に返された。少年は頬を引き攣らせ固まる。
「だ…誰と!?」
切羽詰まった口調に気付いたのか、恋人は顔を上げた。ああ、と呟きにやりと笑う。
「妬いてるのか?」
「うるせえ、誰だって訊いてんだよ」
「柄が悪いな。いくら男でももう少しきれいな言葉を使いなさい」
「そんなことどうでもいいだろ!」
詰め寄り肩を押し付けると、恋人はぱちぱと目を瞬かせ、それから笑った。
「仕事の取引先の社長とだよ。それに手作業が多くなるから塗っておかないとすぐに爪が割れるんだ」
だから安心して、手を離しなさい。
宥める口調で告げられて、少年は体勢の危うさにはっとした。わずかに下げた視線の先に覗く、胸元とストラップの滑り落ちた剥き出しの、肩。
「ご……ごめん!」
叫んで肩を突き放しくるりと背を向けた少年に苦笑しながら落ちたストラップを上げ、恋人は酷く優しい声で囁く。
「早く大人になりなさい、エドワード」
待っているから、と続いた唇に、くるりと振り向いた少年は、まだ真っ赤な顔のまま己の唇を押し付けた。
その不器用なキスに、恋人はうっすらと微笑み目を閉じた。
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