おふろ
「にーじゅろーく…にーじゅなーな……」
「ほら、冷えるだろう。入れ」
ぷしゃん、と水っぽい破裂音を響かせてくしゃみをしたエドワードの頭を湯で流してやりながら湯船の中から言えば、両手で顔を覆って突然の暴挙に耐えた兄はぷは、と大きく息を吐いてロイを睨んだ。
「今入ろうと思ってたんだよ!」
「…にじゅ……う……」
一人で洗える、と泡を飛ばしながら洗髪をしたエドワードとは違い、逸早くロイに洗ってもらったアルフォンスは湯の中で両手の指を折りながら数を数えていたが、むうと難しい顔をすると止めてしまった。
「もー、ふたりともうるさい。わかんなくなった」
「じゃあ最初からだな」
「あっついー!」
「25からで勘弁してやる」
濡れてぺたりとした細い髪をぱさぱさと掻き混ぜると、うー、と唸ったアルフォンスはにーじゅろーく、と数を数え始める。頬は真っ赤だが、くりくりとした目ははっきりとして、逆上せた様子はない。
それを見ていれば、視界の端でバスタブによじ登っていたエドワードが、つるりと手を滑らせた。
「おい!」
どぼ、と頭から落ちた幼児を慌てて掴み上げれば、逆様のままのきょとりとした目がこちらを見る。
「大丈夫か!?」
うん、と頷き掛けて、エドワードは思い出した様に二、三度噎せた。下ろして背をさすってやれば、直ぐに「びっくりしたあ」とげらげらと笑う。
「さーんじゅー」
「吃驚したのはこっちだ! まったく、風呂場は滑るから気を付けろといつも」
「ちょっと滑っただけじゃんか。まったくロイはカホゴなんだよな」
「さんじゅーさん」
「過保護にされたくなければもう少し落ち着きを持て。これではアルフォンスと二人で風呂などまだまだ無理だな」
「平気なのにー」
「さんじゅーなーな」
「アルフォンス。ずるをするな」
ぐい、と頭を掴めば肩を竦めて、だってえ、とアルフォンスは唇を尖らせた。
「あっついんだもん」
「いつも100まで数えられるだろう」
「今日のお風呂はあっついの」
ああ、と呟いてロイは背中に追い遣っていたネットを引き寄せた。
「柚子湯なんでな」
「ゆずゆ?」
「身体が温まるんだ。いい香りだろう」
「ゆずゆってクリスマスのちょっと前ってグレイシア姉ちゃんが言ってた」
「……妙な知識ばかり増えるな。そうなんだが、研究室で貰ったからな。あとで食う」
「食うの!? お風呂入れたのに!」
「皮は剥く」
えーでも、えーでも、と顔を顰めるエドワードに、冗談だ、と真顔で返してロイは数を数えるのを止めて顔の半分まで湯に浸かりぶくぶくと泡を吐いていたアルフォンスをよいせ、と抱き上げ膝に乗せた。
「アルフォンス。ほら、50からでいい」
「ごーじゅいーち! ごーじゅに!」
「ごーじゅさん!」
「エドワードは最初からだ」
うえー、と顔を顰めた幼児はしかしごねればごねた分だけ長引くと学習したのか、声高に数を数え始めた。負けじと弟が声を張り上げる。
「うるさいぞ、お前達」
「ろーく…しょーがねーだろ! …なーな」
「ろくじゅーさん! 聞こえない、…くじゅーよん! んだもん!」
解った解った、と溜息を吐いて、ロイはバスタブの縁に肘を掛け、逆上せ始めた頭でアルフォンスが100数えるまで浸からねばならないのか、とこっそりと溜息を吐いた。
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