ブルー

 
 
 

「遅ェ!」
 玄関に仁王立ちになっていた子供を無表情のまま一秒見つめ、ロイは扉を閉めて鍵を掛けた。
「何時だと思ってんだ! もう15日になっちゃったじゃねーか!!」
「そうだ深夜だ、だから騒ぐな。近所迷惑だ」
「だってロイ、今日は残業じゃないって!」
「残業じゃなかったから予定を入れたんだ」
「だーッ!! なにそれ!?」
「なにそれと言われても」
「飯作ってたのに!!」
 ああ、と呟いてロイは耳を掻きながら居間へと向かった。どんどんと足を踏み鳴らしながら子供が追って来る。
「今日はお前が当番だったのか。……外で食べて来てよかった」
「はあ!? オレの飯旨いだろ!!」
「大雑把でさえなければなあ……」
 ところでアルフォンスは、とコートを椅子の背に掛け振り向くと、盛大にむくれた子供は部屋、と顎で背後をしゃくった。
「クラスの子にチョコレートもらったとかって言って、ウィンリィにどうしようって電話してる」
「へえ、やるじゃないか。で、」
 ロイはにやにやと笑いどさりとソファに腰を下ろした。
「お前はいくつ貰ったんだ? お前たちの中学、別にチョコレートを持ち込んでも咎められはしないだろう?」
「………ッせーな」
「なんだ、弟に負けて拗ねていたのか?」
 くつくつと喉を鳴らす家主に、エドワードはかっと頬に血を上らせる。
「ちげーよ馬鹿!! 好きでもないヤツから受け取れねーだろ!?」
 ロイは目を丸くした。ぱちりと瞬いたその黒い眼に、エドワードはむくれたままなんだよ、と不機嫌に問う。
「なんか言いたいなら言えよ」
「………いや、本命がいたとは知らなかったと思って」
「はあ? 知らねえわけねーだろ」
「ということは俺の知人か? ……リザ?」
「なんでだよ。そりゃリザ姉ちゃんは綺麗だけど」
「まさかグレイシア」
「人妻じゃねーか」
「じゃあ誰だ」
「その二人しか出てこねーのか?」
「ウィンリィちゃんじゃないんだろう」
「ちげーよ」
 ぷく、と頬をふくらませ、エドワードはテーブルに置かれた小さな紙袋を指差した。
「あれ、チョコレート?」
「多分な」
「誰から?」
「まあ、お付き合いさせていただいているとある女性からだな」
「そのひとと結婚すんの?」
「なんでそうなる」
 一足飛びに遙か先の事態へと飛んだ言葉に溜息を吐いて、ロイはちょいちょいとエドワードを手招いた。珍しく素直に寄って来た思春期真っ只中、反抗期真っ只中の子供は隣にどっかりと座る。ロイはその金髪をぽんぽんと撫でた。
「お前達が一人前になるまでは置いて他に家庭など持てんだろうが」
「………別に、そしたらアルと二人でやるし……親父もいるし」
「お前、教授とは暮らしたくないとうるさいじゃないか」
「だから、金の話。生活費と学費が確保できるんならもうガキじゃねえし、アルと二人で大丈夫だし。別にアンタがオレらのためにそういうの、我慢する必要とか、ねえよ」
 それとも親父になんか言われてんの、と眉を顰めるその眉間をぐいぐいと親指で押し、ロイはその顔止めろ、と溜息を吐いた。
「癖になるぞ、皺が」
「親父になんか言われてんのかって訊いてんだよ」
「なにも言われていない。お前たちを預かっているのは俺の意志だ」
 金色の、昔よりもずっと鋭さを増した眼がロイを見上げる。
「…………、……オレたちといたい?」
 ロイはくっと小さく笑った。
「いたい、というのとはなんだか違うような気はするが……お前達が一人前になるまで面倒を見ようと、そう思ってはいるし、それが苦痛だということもないな」
「訂正。───オレといたい?」
「は?」
 首を傾げた様に再びむっと半眼になって、エドワードはぷいと顔を背けた。
「いい、別に。忘れろ」
「忘れろと言われても……なにを?」
「………解んなくていい」
「そう言われると気になるな。なにを拗ねているんだ」
「うるせ、バカ。鈍感。頭悪ィんじゃねえ、ロイ」
「失礼なガキんちょだな」
 ぎゅ、と耳を引っ張ると痛い痛いと喚いてエドワードは頭を振った。
「何すんだバカ!」
「生意気な子供にはお仕置きが必要だろうが」
「バカをバカと言ってなにが悪ィよ!!」
「だから目上の人間にそういう口を利、」
 ばし、と胸に押し付けられた小さな包みを思わず支え、ロイはひとつ瞬いた。その隙にさっと立ち上がった子供はばたばたと廊下へと向かう。
「エドワード、」
 くり、と振り向いた顔は真っ赤で、少しばかり泣きそうで、不機嫌に唇の端を引き下げて。
「ロイのバーカ!!」
 喚き、再びくり、と身を返してどたばたと廊下を走る音がして、間もなくばん、と私室の扉を強く閉める音が響いた。ああまた家が傷む、と眉を顰め、ロイは押し付けられた簡素な包みを眺める。多分チョコレートだろう。押された刻印はそれほど高級なブランドのものではないが、中学生の小遣いで買うには少々値が張る。
「……………、……女性から贈るものだ、ということくらいは」
 知っているはずなんだがなあ、と首を傾げ、女性ばかりが出入りしている売り場を小さくなってうろつく子供の姿を想像し、ロイは溜息を吐いて額を抱えた。
(来月に何か返したら、本気にするんだろうか)
 それがいい事態を招くとは思えないが、スルーすればしたでまた盛大に拗ねるだろう。
 参考書でも見繕っておくか、と実用品を返すことで妥協して、ロイはもう一度手の中で小さな包みを転がした。
 ポケットに突っ込んでいたせいで少しよれた手触りのいい包装紙の上、ブルーの細いリボンが部屋の灯りに滑らかに光った。

 
 
 
 
 

■2006/2/15
間に合わなかったのでバレンタインの翌日の話を翌日にUPしてみました。
気付いていないわけではないんだけど気付かないふりをせざるを得ないお父さん役。

疑似家族エドロイアル
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