13 / 書類 |
「あ、」 受け取った書類を眺めていた子供は、最後に付けていた直筆のメモに目をやり眉を顰めた。 「大佐、この住所書き直してくれよ。汚れてて読めない」 ほら、と示された部分は確かに酷くインクが擦れ滲み、握り締めたかのようにくしゃくしゃに跡が付いて住所の一部分を消してしまっている。ロイはああ、と呟いて立ち上がり、エドワードの隣に座ると軍服の一番上のホックを外してシャツに差してある手帳を取った。 「オレが確認してなかったらどうするとこだったんだよ」 「後で書き直そうと思っていてそのままだったんだ。済まなかったね」 「しっかりしろよ。その年でもうボケてんのかよ」 くつくつと笑いながら手帳にさらさらと住所を書き込みページを破り取り、ほら、と差し出されたそれをどーもとなおざりに礼を言って手にした子供の視線が、開かれた軍服の合間に注がれている。 吊り上がった金目がひとつ瞬いた。 「大佐、ここ」 「え?」 「首んとこ。どっかにぶつけたか? 痣になってる。痛そうだ」 ああ、とひとつ呟いて首を庇うように手で覆い、ロイは薄く微笑した。 「ちょっとね」 「こけたか? 気を付けろよ、首なんて打ち所が悪けりゃ、」 「絞められたんだ」 金目が大きく瞠られる。ロイは素知らぬ顔で手帳を戻し上着を直した。 「冗談だ。訓練指導の際に爆破の火薬の分量が間違っていてね、せめて火を出すまいと前に出たときに庇おうとでもしたのかすっ飛んできたハボックに押し倒されて、そのときにぶつけたんだ」 あいつは駄犬だ、と薄く笑んだまま言ったロイに、エドワードは嫌な顔をして肩を竦めた。 「アンタほいほい前出んなよ。少尉や中尉に迷惑だ」 「私にしか出来ないことがあるのだから仕方があるまい」 「アンタにしか出来ないことがどうしても必要な場面ってのがそんなに多いもんなのか?」 そんなことはねえだろ、と吐き捨てて、エドワードは立ち上がると新しいメモを書類のクリップに差し、汚れた手書きのメモは外してロイへと差し出した。 「ん」 「後で捨ててもいいだろうに」 「持ってんの嫌だ」 子供は深く眉間に皺を寄せた酷く嫌悪の強い顔で見下ろし、きっぱりと言い切った。 「精液臭えんだよ」 ロイは小さく笑って無言で受け取る。エドワードは肩をそびやかすようにしてさっと身を返し、コートの裾に風を孕ませて大股で扉へと向かった。厚底の靴が絨毯を通してなお大きく床を響かせる。 「首」 「ん?」 「指の跡」 ちらりと顧みた目が嫌悪と同情と気遣いとに複雑な色を乗せて、けれどそれを上回る冷ややかな光にロイは笑みを崩さずじっと見つめた。 「あんまそういうことすんな。……まかり間違って死にでもしたら、少尉や中尉に迷惑だ」 解ったよ、とロイは甘やかに囁く。 「君がそう言うのなら」 小さく舌打ちをした音が聞こえて、顔を背けた子供はもう一度視線を寄越すことなく、無言で退室した。 強く閉められた扉が酷い音を立てて、小さく揺れた。 |
■2006/2/11 ヤる前。(そんなコメント)