sugarless sweet mybaby |
面白いなあ、と口の中で呟いて、膝を揃えてしゃがみ込んだロイはフォークに一欠片刺したシフォンケーキに生クリームをちょいと付けてそっと子供の口元に差し出した。 「あーん」 あー、と無意識に開かれる口に合わせて小さく呟き、その大きな口にぽい、と甘い菓子を放る。ぱくりと閉じられた口がもぐもぐと二、三度動いてごくんと菓子を嚥下した。 「……あんまり噛まないからはがねのは小さいんじゃないのかなあ。栄養がきちんと摂取されてないんだと思うけど」 ぶつぶつと小声で聞こえていないだろう相手に聞かせるでもなく呟きながら左手に載せた皿からケーキを切り分けフォークに刺し、もう幾度目かの仕種をあーん、と繰り返してロイは首を傾げる。 「面白いなあ」 アルフォンス君の言った通りだ。 目の前で胡座を掻いた子供は新聞の縮小板に目を落としたまま無意識に食べ物を嚥下し続けている。後になっても餌付けされたことを憶えてはいないのだ、と呆れたように笑った鎧の少年の面白がるような、甘やかすような声色を思い出してロイは眼を細めた。一口自分でも頬張る。甘い。 「飲み物はいらないのかい、はがねの。喉が詰まるだろう」 聞こえていないのを承知で語り掛けながら皿を置き、ストローを挿した紙コップを取り上げて吸い口を僅かに弛んでいる唇へと寄せると、ぱくりとそれを銜えたエドワードはずるずると音を立ててオレンジジュースを吸い上げた。もしかして牛乳でも今なら飲むんじゃ、と考えながら、離されたストローを引き寄せて一口飲む。これも、甘い。 「君は甘いものが嫌いじゃないんだね」 私はあんまり得意じゃないんだが。 「だからはがねのの匂いは甘いのかなあ。甘い匂いがするよ、いつも」 そうでなければ埃っぽいような、草いきれのような、むっと一瞬で胸を満たす太陽の匂いが。 「子供の匂いだね」 「誰が子供だコラ」 唐突に返事をした子供は瞬いているロイの視線の下ではあ、と溜息を吐いて新聞を閉じた。険のある金眼が下から睨め付ける。 「うるせーんだよお前。邪魔すんな」 「……どれだけうるさくても全然気が付かないってアルフォンス君は言っていたのに」 「お前アルじゃないもん」 どういう意味に取れば良いのかと首を捻っているロイに構わず、エドワードはうーん、と伸びて時計を見上げた。 「あー、いい時間だ」 ロイの手から奪ったジュースをずず、と啜り、こきこきと首を鳴らしてエドワードは再び背を丸めて上目遣いに見る。 「お前、仕事は?」 「6時間休憩の後に深夜勤」 「仕事詰め過ぎじゃね」 「仕方ないんだ、今日の日勤は予定外だったから」 「なに、休みだったの」 「うん。午前中に急な来客があって出て来たんだけど、客が帰ってからもなんだか忙しなくて帰れなかった」 そうしている間に君たちが来たし。 「顔見たら帰れなくなったから、明日の日勤と交換」 「明日休みなの」 「昼だけ。夜はまた夜勤」 ふうん、と呟いて、エドワードは左手を伸ばしてロイの頬に触れた。 「仮眠取れよ、仮眠室で。6時間しかないんだろ」 「せっかくはがねのがいるのに?」 「オレ忙しい。夕飯食ったらまたここに隠る」 「今食べたじゃないか」 「菓子だろ、飯じゃねぇ」 口ん中が甘ったるい、と眉を顰めた子供にロイは笑った。 「なんだ、君も甘いものは駄目だったのか」 「いや、嫌いじゃねーけど、飯にするにはちょっと」 言いながら頬に添えられていた手が後頭部に回り、引き寄せられるままに顔を近付けてロイは眼を閉じた。触れた唇から甘い舌がぬるりと侵入する。 「………甘いぞ。お前オレのケーキ食ったな」 「一口だけだよ。君の方が甘い」 「んじゃ、一口分の代価をくれ」 「代価?」 エドワードは指を三本立てた。 「30分」 「早い」 「早い言うな」 「1時間」 「ダメ。終わったら30分でシャワー浴びて飯食って、5時間寝ろ」 「3時間でいい」 「計算合わねーよ、延びてんじゃねーかよ。ダメ」 駄目出しをしながらも忙しなく動いた指が軍服をくつろげシャツのボタンを外す。たしなめるようなことを言いながら結局することはするんだよなあ、とロイはくすくすと笑って首筋に唇を寄せた金髪を緩く抱き締めた。 まったく、なんとも可愛らしい子供だ。 「はがねのは甘い匂いがするなあ」 「子供くさい?」 「美味しそうだ」 「お前甘いもん好きじゃねーんだろ?」 「匂いは好きだよ」 君はたべるとにがいし。 「甘い香りに騙されると驚くね」 「けなしてる?」 「褒めてる」 ふふ、と笑って肩を押されるままに書棚へと寄り掛かる。見下ろす金眼はきらきらと輝いて、蜂蜜みたいだとロイは思った。 |
■2005/6/28 エドロイ祭りさんに寄稿させていただいていたものです。お題は「こどもなエド」……(目逸らし)
イマイチお題に沿わないものでお祭り参加もどうなんだと自分でも思います…。初出:2005.5.13