milk fang |
「あ、」 かちゃかちゃと食器の触れ合う音だけが響いていた室内に、ふいに呟きが洩れた。頬杖を突いたまま食事風景を眺めていたロイは、食器を置き口の中へと指を突っ込んだ子供に首を傾げる。 「はがねの?」 「はァ」 「は?」 「歯ァ取れた」 つまみ出された僅かに血の付いた小さな歯を生身の指で掲げて見せて、子供はぐい、と袖で口を拭う。ロイは不思議そうに瞬いた。 「………乳歯?」 「最後の一本。多分」 「……君、まだ歯が生え替わっていなかったのか?」 「るせーよしょーがねーだろ」 苦い顔でぶちぶちと言いながらごみ箱へと乳歯を放ろうとしたエドワードをロイは慌てて止める。子供は怪訝な顔をした。 「なに?」 「捨てるならくれ」 「は? 変態?」 「なんで変態」 「子供の歯なんか欲しがるか普通」 「子供の成長の記録だし」 「オレアンタの子供じゃないし」 何故かむくれながらも珍しいことに素直に、エドワードは紙ナプキンで乳歯を拭い、ん、と差し出しロイの掌へと落とした。ロイはまじまじと見つめる。 「……ちっちゃいなあ」 「ちっさい言うな!!」 「子供は歯も小さいんだね」 「言うなっつってんだろ!!」 吠えている子供をよそに頬杖を突いたまましばしそれを眺め、ハンカチに包んでポケットへと丁寧にしまう。顔を上げると食事を中断したままの金眼と目が合った。 「…食べなさい。アルフォンス君を待たせているんだろう」 「中尉とか少尉と話ししてたから、少しくらい待たせたほうがいいかも」 「あの子は彼らに懐いているね」 「うん、好きみたいだ」 「それは良かった」 「オレも好き」 「そうか」 「あのさー、」 フォークを手に取り再び食事を始めた子供は、皿に目を落としたまま何気なく、けれど壊れ物でも扱うかのように丁寧な口調でそっと続けた。 「アンタも好きだよ」 ロイはひとつ瞬く。意識するでもなくにこりと笑みが洩れる。 「私も君たちが好きだよ」 ちらりと見上げられた眼が嫌なものでも見るように歪められている。 「……うっさんくせー顔」 「失礼な」 「嘘だよ」 「知っているよ」 君は私が嫌いだね、と続けると、金眼の歪みが大きくなった。 「………嫌いだよ。信用ならねーしな、嘘くさいし」 「心外だ」 「そういうとこが信用ならない」 言い捨て、子供は皿を掴むと中身を掻き込み口をもぐもぐ言わせたまま立ち上がった。 「ごっそーさん!」 「ちゃんとよく噛んで食べないと、」 「うっせー解ってる! 中尉んとこ行って来る!」 報告書片付けとけよ! と指を差して偉そうに命令したもうじき13歳になる少年は、ばたばたとやかましい足音を立てて食堂を出て行った。 頬杖を突いたまま見送りくく、と小さく笑って、ロイは報告書を片付けるべく立ち上がる。 ポケットの中の小さな歯は、そのまま忘れられてしまった。 |
■2006/3/5 押し倒す前。
携帯SSでした。ずっとごみばこにあったんですけどサルベージしてみた。同じネタでSSエドロイverも実はあったんですけど大佐が哀れ過ぎて没…に…(笑)初出:2005.06.15