ねこのめ模様
「あ、大佐! こんなとこに!」
猫だから日向でぬくぬくと昼寝でもしているだろう、という煙草呑みの上官の安易な推理を裏切って、普段誰も近寄らないじめじめと黴臭い古い倉庫の片隅に上司(ただし今は猫)の姿を見付け、フュリーはほっと安堵の息をついた。
「一体どこからはいっ…」
言い掛けて天井近い位置にある破れた採光窓を見上げ、もう一度、しかし今度は呆れた息をつく。
「あんなところから? …出られなくなったらどうするつもりだったんですか。扉閉まってるのに」
猫はなあん、と喉の奥で微かに鳴いた。フュリーは叱られたかのように首を竦める。
「すみません大佐。僕、中尉じゃないんでなに言ってるか解らないんです。帰りましょう? おなか空いたでしょう。それになんだかここ、凄く寒いじゃないですか。風邪引きますよ」
じっと黒猫の知性ある目がフュリーを見詰めた。その雄弁な黒耀の輝きに、しかし意味まで見い出すことはできなくて、フュリーはしょんぼりと眉を下げる。
「すみません、解りません。中尉のところに行きましょう?」
嫌がるかな、不敬罪だったりして、と考えながら両手をそっと猫の胴体に触れる。嫌がる素振りがないことを確認して優しく抱き上げると、猫はおとなしく腕の中に収まった。
愛らしい動物好きの血が騒ぎついその漆黒の毛並を撫でたくなるのをぐっと堪え、フュリーはふと猫が毛を逆立てていることに気付いた。黒い目はじっと一点を見つめている。破れた採光窓の下だ。
「…なにかあるんですか?」
首を傾げ、一歩踏み出そうとするとシャアッと威嚇した猫にばし、と抱える腕を叩かれた。しかし爪は立てられていない。
フュリーは目を丸くして猫を見下ろす。猫は目をつり上げ毛を逆立てて、鼻の頭に皺を寄せて小さな牙を向き出して先ほどと同じ場所を睨んでいた。そのしっぽはぴんと伸び、耳は真っ直ぐに立っている。
そういえば猫って、ゆーれーとか見るっていうけど…
「な、な、なにかいるんですか!?」
無意識に力一杯猫を抱き締めて上がった悲鳴じみた鳴き声にも気付かず、フュリーはくるりと踵を返し一目散に駆け出した。腕の中で締め付けられた猫が慌ててぎゃあにゃあと喚き暴れるが、か弱い小動物になってしまった上司を守らなくてはならない、と無駄な使命感に駆られた年若い部下はどれだけ爪を立てられても猫を離さなかった。
司令室に着いたとき、猫はぐったりと伸びていた。
例の倉庫は今もまだあり、時折すすり泣きやうめき声がすると噂され、幽霊嫌いの軍人を怖がらせている。
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