猫の飼い方慣らし方
「わーなにそれちょー萎える」
「ちょーとか言うな」
負けず劣らず萎えた顔で積み上げた文献に埋もれて計算式を書いていた大人の黒髪には、二つの獣の耳が付いている。ソファの上には軍服から細長い黒いしっぽが覗いていて、一体何の仮装だどんな趣向だ、と溜め息をついたエドはソファへ歩み寄りまじまじと耳を眺めた。ロイはつまらなそうに背もたれに頬杖を突いている。
ぴくり、と耳が動いた。
「これ動力なに」
「知らん」
「知らんって」
「仮眠室で寝て起きたらこうなっていた。今は中尉の厳命で元に戻す式を試行錯誤している真っ最中」
「…犯人は?」
「探す暇と人手がない」
「……。有機なんだ、これ」
「触ると感触はあるし、意思で動く。爪も伸びるんだぞ」
ほら、と差し出された手がわずかに強張ったかと思うと、どことなく細い爪がにゅ、と伸びた。エドは額を抱え、どすりと半猫となり果てた恋人の隣に腰掛けた。
「しょーがねーなー、手伝うよ」
「助かる」
言って再び文献を開き始めた大人の横顔を何気無く眺めたエドは、ふとその虹彩に紛れる瞳孔が時折細くすぼまるのに気付いた。
集中しているのか瞳はくるくると気紛れな月のように形を変え、時折伏せ気味の耳がぴくりと動く。
しっぽは無意識なのかゆったりと小さくソファを叩いていて、エドはなにげなくその尾を掴んだ。途端びくんと耳としっぽの毛を逆立て伸びた爪で書籍の表紙をわずかに傷付けて、ロイは針のような瞳が埋まる眼でエドを睨んだ。
「な、な、何を」
「掴んだだけだけど。やっぱしっぽ駄目なんだ」
「妙なことをするな!というか触るな!…ッて言ってるそばから掴むんじゃない!!」
「いや、おもしろくてつい」
「黙って式を考えろ!」
「へいへい」
この調子じゃ耳も敏感なのかなあ、と思いながら、ふと頭に浮かんだ不埒な考えにエドは思わずにやにやと笑う。
その笑みを視界の端にとらえ、大人は絶対に本日勤務時間内に元に戻ってやる少なくとも戻る前にこの子供を自宅に招き入れることはすまい、と心に誓った。
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