さらさらと、風に靡く長い金髪。
 ずっと短くしていたくせにアルは修行から帰って来たときには既に首の後ろで一つにくくったそれをぴょこんとしっぽのように跳ねさせていた。
 風を孕んで赤いコートが広がる。夕焼けに照らされた横顔はまだまだふにふにとしていて柔らかそうなのに(実際にとても柔らかな頬をしている)、瞳の強さはまるでここを出て行ったときのエドのようだ。
 
(そういえば旅立ったときのエドと同じ年になったんだ)
 
「アル」
 呼ぶと、振り向いたアルはふにゃり、と笑った。途端に幼くなったその顔はさっきまでの精悍さすら感じさせる厳しいものではない。
「どうしたの、ウィンリィ」
 まだ高い声が優しくあたしに問い掛ける。あたしは微笑んで、ご飯だよ、と言って手を差し出した。アルはちょっと困ったみたいに笑って、それでも拒まずぎゅっと手を握る。
 
 ────機械鎧の、右手で。
 
「今度はどこに行くんだっけ」
「ん、中央。准将がやる前に顔出しなさいって言うから」
「そっか。そのあとは? ダブリス?」
「ううん、師匠、今ちょっと具合悪いみたいだし───心配掛けたくないから、すぐこっちに戻るよ」
 そしたらやるよ、と言って、アルは真直ぐ前を見たままにこりと笑った。
「三度目の正直ってやつ?」
「………今度は上手くいきそうなの?」
 ううん、解んない、と金属の左足をかしゃ、かしゃと鳴らしながらアルは首を横に振る。
「でも、やってみなくちゃね。兄さんを戻さなくちゃ」
「…………ん、そっか」
 止めても無駄なのだ、とは解っていた。
 一度目、アルがあのときのエドのように左足を失ってしまった一度目を終えて、あたしとばっちゃんとロゼはもうするなとアルを説得した。何度も何度も説得した。エドはもういないんだ、もう死んじゃったんだ、トリシャおばさんと同じなんだ、帰ってなんかこないんだと───アルまでいなくなってしまったらあたしたちはどれだけ泣いてどれだけ悔やむか知れないと、みんな、優しいひとたちがみんな、悲しむのだからと。
 だけどアルは聞かなかった。ボクのために兄さんがいなくなったというのなら、この身体はまるごと兄さんのものなのだからと言って。
 エドを取り戻すために、肉の一欠片、血の最後の一滴まで、すべて使って惜しくないのだと。
 
『だって兄さんの方が有用だよ』
 
 そう言ってにこりと笑った顔はとてもとても澄んでいて綺麗でまるで天使だと思ったけれど、その有用が、世界にとって、なのだと知ってあたしは物凄く怖かった。
 アルはとても純粋に悪気なく、まったく卑屈ではなくエドを尊敬していて、その純粋な尊敬のままにボクなんか兄さんの足下にも及ばない、と言う。
 アルは兄さんはみんなに愛されているのだという。
 あたしは深く後悔をする。ばっちゃんもロゼも、イズミさんたちも、中央の軍人さんたちもみんな。
 アルを、誰も愛していなかったなんて嘘なのに。エドをより愛していたなんて嘘なのに。ふたりとも分け隔てなく愛しく思っていたはずなのに。
 
 そういうことがまったく、この子には通じてはいなかったのだと。
 
 エドが戻ることが、あたしたちみんなの幸せに繋がるのだと、そう、この子が信じていることが。
「…………ねえ、アル。アルが身体を犠牲にしてエドを戻したら、エドは物凄く怒ると思わない?」
「うん、そうかもね」
「………あんたが全部を犠牲にして、それでエドが戻ったら、あいつはまた全部を使ってあんたを引き戻すとは思わない?」
 うん、多分そうだね、と頷いて、アルはあたしを見上げた。
「だからさ、ウィンリィ。そうなったらちゃんと兄さんを止めてね」
「──────、」
「もう絶対、ボクのために犠牲になろうなんて、そんな馬鹿なことはさせないで」
 ばかなこと、とあたしは呟いた。アルはうん、と頷いて、また前を見て少し笑ったような顔で真直ぐ視線を向けて、夕焼けに横顔を照らして歩く。
 
 ああこの子は、それが馬鹿なことだと知っている。
 
 それでも止めてはしまえないのだ。この子のすべてはエドなのだ。
 
(あたしたちがアルを愛してないんじゃない)
 
 アルが、この子こそが、あたしたちを愛していないのだ。
 エドのいないこの世界すべてを、愛してはいない、ただそれだけのことなのだ。
 
 もう止められない、とあたしは思った。アルは遠くない未来、身体のどこか大事な部分を持っていかれて死んでしまう。
 死んだエドは戻ってはこない。
 あたしたちは、愛しい二人の男の子を、どちらも失ってしまうのだ。
 
 愛しい金色を、太陽の石を、ふたつとも。
 
 シチューのにおいがするね、とアルが嬉しそうに言った。家の前で、子供を抱いたロゼが手を振っていた。
 あたしは涙に曇った目でそれを見た。ひとつ瞬くと、とうとう涙はぽろりと落ちて、横目でそれを見たアルが、小さな小さな声で、ごめんねウィンリィ、と呟いた。
 
 ああ、この子は知っているのだ。
 たとえ全部を使っても、きっとエドは戻って来ないと、そのことを。
 
 あたしたちは、愛しい金色を、そう遠くない未来にふたつとも、失う。

 
 
 
 
 

■2006/3/9

エドの戻って来ないアメストリス。

初出:2005.03.22

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