「ねえエド」
 設計図に修正を入れながら何度目かの計算をやり直していたあどけなさの消え切らないひとつ年上の青年の名を呼ぶと、眼も上げず手も止めずになに、と低く素っ気無い声が返された。無表情に過ぎる青年の右腕と左足は義肢で、アルフォンスにはよく出来ているように思えたがこの青年はいつでも不満げに、酷く乱雑に手足を模したそれを扱う。
「僕ってさ、君の弟に似てるんだって?」
 ふ、と、鋭い眼が上目にアルフォンスを見詰めた。僅かに眇められた金の眼はまるで猛禽のようで、瞬間的に話し掛けてしまったことをアルフォンスは後悔した。普段共に実験をし研究をし生活をしているときにはそうと感じることはないというのに、時折まるで獲物にでもなったかのような気分でこの眼に射竦められることがある。
「誰がそんなことを?」
「君の父さんが……俺の息子にそっくりだって」
「………あいつ」
 ち、と小さく舌打ちをして青年は眼を逸らした。アルフォンスはほっと肩の力を抜く。
「アルの顔なんか大して見てもないくせに」
「…………アル?」
「アルフォンスっつーんだよ、オレの弟」
「同じ名前?」
「でも似てねぇよ、ちっとも」
 眼の色も違うし、と呟いて、ふうんと首を傾げたアルフォンスを青年は見上げた。その眼に先ほどの射抜く光はない。
「なに?」
 ちょい、と指で呼ばれ、アルフォンスは素直に椅子に座ったままのエドワードへと身を屈めて顔を寄せた。もっと、と囁かれて何か内緒の話でもあるのかと更に顔を寄せる。
 ふと、長く真直ぐな金髪に彩られた顔が傾いた。唇に乾いた皮膚の感触。
「……………変態」
 唇を拭いながら呟くと、青年はく、と頬を歪めて嗤った。
「やっぱり全然似てねぇよ」
 追い払う仕種で左手を振られ、アルフォンスは一歩下がる。青年は再び万年筆を握り、計算を始めた。多分もう、アルフォンスのことなど一欠片も頭には残っていない。
 何かを諦めてしまったかのような酷く力のない態度でいる青年なのに、こうして研究をしているときだけは、何故か妙に熱心だ。
 弟を探しているのだと。
 いつか、言われたことがある。
 早くこんな場所からは出て行ってしまいたいのだと。
 出て行ってしまいたい『こんな場所』に自分が含まれていることを、アルフォンスは知っていた。
「…………僕、大家さんとこに行ってくるね。夕食の支度、手伝って来る」
 無言。
 端から答えなど期待していなかったアルフォンスは、そのまま踵を返し扉へと向かった。
「アル」
 扉に手を掛けた瞬間名を呼ばれ、アルフォンスは振り向く。青年は手許に眼を落とし、万年筆を走らせながら続けた。
「気を付けろよ。ヘスには近付くな」
「………外には行かないよ。ほんとに、大家さんのとこに行くだけだから」
 もう答えはなく、アルフォンスは微かに溜息を吐いて部屋を後にした。

 
 
 
 
 

■2006/3/9

みゅんへんエドアル。アルのそっくりさんが出る、というのしか知らなかった頃なのでエドリヒではなくみゅんへんエドアル。

初出:2005.03.15

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