足音荒く謁見の間へと踏み込んで来た騎士の集団にも眉一つ動かさず、肘置きに頬杖を突いたまま横柄に足を組んでいる金眼の王を睨み付けたロイの突き付けた剣の先へ、王座の横へと控えていた少年が軽やかに進み出た。
 ふわり、と長い金髪と真紅のコートを翻し、優雅に一礼をする様にロイは眉を顰める。
「君は………」
「道化にございます、焔の騎士殿」
 腰を低く屈めたまま見上げ、ふわりと笑ったその眼は王よりも昏い、けれどやはり至高の金属を示す色をしている。
「道化か………退きたまえ。我々の目的は君ではなくその後ろの傲慢な王だ」
「わたくしは王を笑わせ怒らせ呆れさせ悲しませ不快にさせるために存在する道化でございますが、所詮王の玩具にございます。主人よりも長らえるわけにはいきません。ですから陛下を害されるのであればどうぞまず、わたくしを斬り捨てておしまいになってくださいませ」
 ロイは眉を吊り上げた。少年の背後の王座の青年を睨み付けると、青年はふん、と鼻を鳴らす。
「知らねぇよ。そいつが勝手にしているだけの話だ。アンタの好きにしろよ、マスタング元騎士隊長。………表舞台に戻りたいのなら、その程度の罪悪くらい引き受けたらどうだ?」
「わたくしは何の手も下してはおりませんが、陛下の非道をお諫めすることもなくただ横で眺めてへらへらと笑っていたのです」
 少年は微笑み続けている。
「わたくしは道化ですから、王を笑わせ怒らせ呆れさせ悲しませ、不快にさせるために存在するのです」
「そいつはオレの弟だ」
 腰を屈めたままの少年の背後で、王が唇を歪めて嗤った。
「オレは誰よりそいつを愛してる」
「わたくしは王を不快にさせるために存在する道化です」
「そいつが死ねばオレは悲しくて生きていられない」
「わたくしは王を悲しませるために存在する道化です。ですから、さあ」
 ゆっくりと身を起こし、少年は両手を広げて騎士たちの眼から王を庇う。
「まずわたくしを殺してください、正義の騎士の皆様方」
 少年はくすくすと笑った。王の低い笑い声が重なる。
「ボクたちは一心同体だ」
「オレたちは生を分かたれたが、死を分かつことは誰にもできない」
「ボクが死ねば兄さんは死ぬ」
「オレが死ねばアルは死ぬんだ」
「だから、兄さんを殺すならまずボクを」
「アルを生かしてオレを殺せばアルは悲しみで狂う」
「ボクを殺せば兄さんは悲しみで死ぬ」
「………………」
 ゆっくりと、ロイは歩を進めた。控えた二人の男女の騎士が大きな楯を構えて付き従う。
 ロイは少年の脇を、すり抜けた。少年は両腕を広げたまま、何も言わず何もせず笑みの消えた顔でただ真っ直ぐに前を見て、背後の惨劇を背で感じた。
「────わたくしは道化です」
「君は自由だ」
「わたくしはからっぽです」
「君は君の人生を歩むべきだ」
「わたくしは」
「君は」
 剣の血糊を拭いもせず、ただ床へと頽れた小柄な屍の光の反射する金の眼を見下ろして、ロイは呟く。
「道化じゃない」
「──────、」
 く、と、少年が嗤った。
「…………ではボクが王だ」
 はっと振り返ったロイの眼を、少年の金の眼が肩越しに見つめにこりと微笑む。
「兄さんは世界に有用だ」
「…………君、」
「ボクが兄さんになればいいだけの話だよ、マスタング元騎士隊長」
 真紅のコートが翻る。少年は姿勢を正して大股で広間を真っ直ぐに歩いた。
「ボクはからっぽだ」
「どこへ」
「ボクの中には兄さんが満ちてる」
「君………アルフォンス!」
 振り向かず、軽く手袋に包まれた片手を上げ、騎士の一団をまるでないもののように無視をして出て行ったその姿は、確かにかつての愚王のものだった。
 ロイはただ沈黙して、呆然とその赤く小さな背を見送った。

 
 
 
 
 

■2006/3/9

わたしの中のアニメ鋼キャラのイメージを片寄った方向に増幅させたパラレル。
愚者の王そのもののエド。完全に兄の支配下にあって絶対者に甘えるように時々逆らいながらも兄を信仰することをやめないアル。脆弱さと優しさを取り違えている思想のない理想論者のマスタング。
皮肉の話。

初出:2005.04.20

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