「だーからあ! それじゃ駄目だっつってんだろ! 基礎式が足りねーんだよ、基礎で手ェ抜くんじゃねーよもー!」 すでにびっしりと数式の書き込まれているレポート用紙を奪い、がりがりと書き込むエドワードに「手など抜いていない」と憮然と返してロイは散らばる紙の中からいくらか隙間のあるものを手元に引き寄せた。 「そんな基礎式など省略出来るだろう」 「出来ない! つか、省略すっから大味なんだっつの」 「だが、そこを詰めると錬成陣が複雑になりすぎる」 「いいだろ別に」 「審査官に理解出来なければ意味がないんだ」 「アンタも軍人なら結果で示せ結果で」 「査定は錬金術師として受けるものだろうが」 不満げに唇を曲げて手を伸ばし、エドワードの書き込んだ式を片端から斜線で消して行くロイに少年は喚いた。 「何すんだテメェ!」 「この式ならこっちで代用できる」 「……いや無理だから」 「無理じゃない」 「計算してみろ! 値が違うから!」 「0コンマいくつなど違っていいんだと言うのに」 「あーまた基礎無視してるし!」 「アルフォンス君。君の兄は構築式を立てるときはいつもこんなに喧しいのか」 「喧しい言うな! 喚かせてんのはアンタだアンタ! つか、火蜥蜴の錬成陣はあんだけ複雑で洗練されてんのに改めてやれと言われたら出来ないっつーのはどういうことだ」 「あれを完成させるのにどれだけの年月を費やしたと思っているんだ」 喚く二人を横に、この場では最年少の鎧の少年はただ黙々と蹲って計算を続けている。脇にきちんと積まれたレポート用紙は結構な厚みで、年長者二人は顔を見合わせ返事もしないアルフォンスの手元を覗き込んだ。 「………何計算してんだ、アル」 「それほど複雑な計算は必要ないぞ、アルフォンス君。見た目が大体整って、錬成陣が素人錬金術師どもの目にも解りやすく映れば理論は適当に煙に巻くから」 「………大佐も兄さんも基礎式から何から省き過ぎなんですよ」 ようやく言葉を発したアルフォンスは、用紙を纏めて二人へと差し出した。 「はい、基礎式」 「……………」 「……………。……アルフォンス君。こんなに細かく計算を出したら構築式が複雑になり過ぎるんだが」 「そうですね、すっごく複雑だと思います。だって複雑な錬成をしようとしてらっしゃるんですから」 「いや、だから見た目が大体整っていればいいと…」 「駄目ですよ、完璧じゃないと美しくないです、これ。少しでも欠けたらかなり評価落ちますよ」 「通ればいいんだ、査定など」 「でも、評価が上がるならそれに越したことは無いでしょう?」 アルフォンスはがしゃんと首を傾げる。 「大佐って気体錬成が得意なのは知ってましたけど、ボクらじゃこの発想は出てこないし、多分他の誰にも出来ないことだと思うんです。だからきちんと完成させないと勿体ないですよ」 「いや、だが完成させたところで実用価値はないし」 「その実利一辺倒な考え方は研究するときは横に置いてください。発想が貧しくなります」 自分の半分以下の年齢の子供にばっさりと斬って捨てられロイは黙る。無言でアルフォンスの計算に目を走らせていたエドワードががりがりと頭を掻いた。 「ほんっとこれ複雑だぞ、アル。つか、こっからここまでまるきり要らねぇ」 「要るんだよ。そこがないと構築式の簡略化が出来なくなるから」 「いやむしろこれがあるから複雑なんだろ。凄ェでけー錬成陣になっちまうぞ」 「ならないよ」 「いやなるから」 「ならないってば」 「んじゃ描いてみろって! なるから!」 まだ構築式立ててないのにー、とぷつぶつと言いながら、アルフォンスは一枚だけ残っていた真っ新なレポート用紙にさらさらとシンプルな錬成陣を描いた。 「ま、大体こんな形になるかな。構築式立ててないから発動できないけど、ここらへんに今大佐が持ってるあたりの計算から出る簡略図形入るから。あとこっちに簡略式が入るかな、多分」 「いや簡略図形が入るって……かなりの量だぞ!? そんな小さなスペースには納まらないぞ」 「納まるんですってば。確かめてみてください、ちゃんと簡略式になるから」 金と黒の二対の眼を見合わせた二人は同時に万年筆を取り、隙間のあるレポート用紙を探した。 「うわ兄さんッ、計算したヤツに書かないで! まだ使うし! って大佐! 床に書かないでくださいっ!」 あわあわと諫めるアルフォンスの制止を聞かず、二人は各々がりがりと凄い勢いで計算を続ける。まったくもー、と呟いて、アルフォンスは散らばっているレポート用紙を纏め、立ち上がってキッチンへと向かった。 湯を沸かして二人分のコーヒーを淹れて戻り、レポート用紙を散らかすエドワードと、万年筆をチョークに持ち替え床に長々と計算を書いて行くロイを見てアルフォンスは声を出さずに苦笑し二人の邪魔にならない隅に膝を抱えて座った。 「………納まっ、た」 逸早く計算を終えたロイが呟き、続いてエドワードが頬を引き攣らせる。 「嘘だろ…? なんでこれがこんだけのものになんだよ」 「ヒントは大佐の発火布」 アルフォンスはかしゃ、と肩を竦める。 「あれも凄く膨大な構築式が納まっているでしょう? 基礎式からきっちり立てて、簡略式用に余計な計算まで入れてますよね。お陰であの錬成陣を見ただけじゃ、大佐以外のひとには理解できないから発動させられない」 「誰も彼もに使われては価値がなかろう。危険だしな」 「そのうち構築式の展開図見せてくれよ」 「駄目だ。あれは私の専売特許なんだ。貴様が使えては価値がなかろうが」 「ケチー」 「では錬成陣なしでの錬成の秘密を教えてもらおうか。そうすれば等価交換してやらんこともない」 「教えて出来るもんじゃねーよ」 「では仕方がない。対価がないのならな」 じゃれるような軽口を交わす二人の横で、アルフォンスは必要なレポート用紙を拾い上げ並び替え、クリップでぱちんと閉じた。 「はい、大佐。あとはこれを今大佐が床に書いた構築式と合わせて論文にすればいいですから」 ロイは大きく感嘆の息を吐いてそれを受け取る。 「有難う、アルフォンス君。やはり君も生半な錬金術師ではないな。国家錬金術師資格でも取ったらどうだ」 冗談めかした賛嘆の言葉にあはは、と笑ったアルフォンスが答える前に、コーヒーカップを取りながら酷く険のある声が「駄目」と断言した。 「絶対駄目」 「君には聞いていないぞ、鋼の」 「アルに軍の狗なんか似合わねぇ」 アルフォンスがあは、と小さく笑って困惑げに首を傾げ、ロイはその鎧の少年を見遣って軽く肩を竦めカップを取った。 そっぽを向いたエドワードは、ばつの悪い顔でずず、と音を立ててコーヒーをすすり、それからぎこちなく笑顔を浮かべた。 「なあ、そんなことよりさ、大佐。そいつ使って錬成して見せてくれよ」 「君も出来るだろう、君なりに構築式を立てただろうが、今」 「オレが出来てどーすんだ。アンタの査定用だろうが」 あからさまに面倒がるロイにまあまあ、と手を上げて宥め、アルフォンスはかしゃんと無骨な鎧に妙に合う可愛らしい角度で首を傾げた。 「でも、ボクも見てみたいです」 「……君も出来るだろう。そもそも理解という意味では君が一番よく理解しているんじゃないか、アルフォンス君。計算式を作ったのは君なんだし」 「でも、ボクも兄さんも固体物質の錬成しかしたことないからイメージがよく掴めないんです。上手く行くとは思えませんよ」 「私は固体物質のほうがイメージが掴みにくいがね。ディテールがどうもな……」 「大佐は細かいとこまで考え過ぎなんだよ。大体でいいんだって、イメージなんだから」 「兄さんは細かいとこを省き過ぎだよ……」 なんだよいいだろ、と唇を尖らせるエドワードに笑って、ロイはどれ、とチョークを手に取り床へと大きく円を描いた。その内へシンプルな簡略図を書き込み、周囲にやはり簡略化された構築式をわずかに書き込む。エドワードがにやりと笑ってアルフォンスの計算がしたためられてるレポート用紙の束にぽんと手を置いた。 「これだけの束がこんな簡単な錬成陣になるなんて想像が付かねーだろうなあ」 「まったくだ。大したものだよ、君の弟は」 「大佐の発火布がヒントですし、そもそもの発想は大佐のものなんですから、凄いのは大佐ですよ。ボクは計算しただけです」 くすぐったそうに肩を竦めたアルフォンスを目を細めて眺め、ロイは飲み掛けのコーヒーカップを錬成陣の真ん中へと置いた。 「さて、ではやって見せようか。鋼の、もうちょっと下がれ。火傷でもされたら敵わん」 「なんだよ、近くで見せろよ」 「初めて試すから加減が解らん。感電してもいいなら近くで見ろ。アルフォンス君も少し下がってくれ。電気がそちらへ引かれそうだ」 「あ、そうですね、気付きませんでした」 慌てて一歩退いたアルフォンスに倣い、不満げなエドワードも一歩下がると右腕の上着の袖をぎゅっと引いて鋼の手首を隠した。 「いいぞ、やって」 「それでは」 ロイの手が軽く翳される。途端ばし、と音を立てて錬成反応の稲妻が走り、続いてまるで錬成反応が暴走でもしたかのようにばりばりと空気を鳴らし白い稲妻が渦巻いた。空気の振動を受け細かく震えるコーヒーカップから蒸気が立ち上り、立ちこめたその人工的な薄い雲の中へ稲妻が形を浮かび上がらせて行く。 「えーと……東方司令部の展開図?」 「ああ」 ばりばりと音を立てて立体的な設計図を描き電気が駆け巡る様を眺めながら、ロイは腕を組んだ。 「初めてにしては上出来かな」 「って、アンタよくこんな細かくイメージ出来るな。いくら職場だからって」 「司令官が自分の縄張りを把握しておかなくてどうする」 「ッたって、東方司令部って結構複雑なのに」 感嘆なのか呆れているのか解らない溜息を吐いて雲を眺めるエドワードの横で、ああ、とアルフォンスが手を打った。 「だから大佐って東方司令部に秘密の隠れ場所をたくさん持ってるんですね」 「なるほど、中尉が困るわけだ」 「………人聞きの悪い事を言うな」 拗ねたように眉を顰める大人に笑って、子供二人は雲が薄ればりばりと次第に音を消して行く稲妻の最期の光までを揃って眺めた。 「気体錬成って面白ぇなあ。オレにも出来る?」 「口頭でやり方を説明は出来ない」 「なんで出来ねーんだよ」 「計算式は見たんだからそこから考えてくれ。私には固体錬成よりもずっと簡単なんだ。息の仕方を説明出来ないのと同じだ」 「センスの問題ですよね、多分」 腕を組んだアルフォンスがうーん、と唸る。 「ボクにも今はちょっと出来そうにないなあ。でも少し練習してみます。次にこちらへ来るときにはなにか出来るようになってればいいけど」 「出来るようになったところであまり使い道はないよ、気体錬成は」 「でもほら、火事のときに火を消したりとか」 「中にいる消防士を窒息させたいならやってみたまえ」 「誰もいないことが確認出来ていればいいじゃないですか」 「火種が完全に失せたことを確認するまで無酸素状態を保たねばかえって危険なんだ。火種が燻っているところに急激に酸素が供給されると大きく火を噴くから」 「ああ……なるほど」 つまり、とロイが床へと書いた構築式を眺めていたエドワードが頷いた。 「大佐とオレらじゃ頭の作りが違うっつーことだな。なんつーか、見てる方向が」 「そうでもなかろう」 「そうでもありますー。こんな構築式、オレらじゃ書けねぇ」 「君はどんなのを書いたんだ」 これ、とアルフォンスの束ねたごちゃごちゃと試し算の書かれたレポート用紙を渡され、ロイは眉を顰めてぱらばらと散らかしながらそれを眺めた。 「………たしかに効率が悪い。基本には忠実だが」 「つか、アンタのが変なんだよ。まあ、錬成陣の形は似たようなものにはなるとは思うけどさ、理解の過程が全然違うから多分上手く行かない」 ふむ、と呟いてロイは腕を組んだ。 「やはり専売特許だな、私の。競争相手がいないというのはいいものだ」 「えー、つまんねーじゃん」 「遊びならな」 「大佐の錬金術はお仕事ですしね」 「君たちのはなんなんだ」 兄弟は顔を見合わせ、あはは、と笑い合う。 「なんつーかなあ、飯食うのと一緒っつーか」 「ライフワーク、って言うんでしょうか」 ふうん、と呟いて、ロイは子供たちを交互に見つめ、ふと目を細めて微笑んだ。 「生まれながらの錬金術師だな、君たちは」 「大佐こそ」 「私は錬金術師である前に軍人だよ」 「軍人である前に錬金術師だと思いますよ」 大人はもう一度笑ってコーヒーのこびり付いた乾いたカップを錬成陣の上から下ろした。 「そんな風に思われているとは知らなかったよ」 だって、と笑ってアルフォンスは床に書かれた構築式を示す。 「軍のお仕事ならこんな子供みたいなことしないじゃないですか」 「……それもそうか」 「な、大佐。もっかいなんかやって見せて」 差し出されたエドワードの半分ほど飲んだコーヒーカップをロイは受け取る。 「いいだろう。何かリクエストはあるか?」 兄弟は顔を見合わせ、首を傾げる。 「んー……じゃ、バベルの塔でも」 「ブリューゲルの?」 「でもなんでも」 「了解した」 ロイは唇を曲げて薄く笑う。 「錬金術で神の怒りに触れた塔を描くというのも冒涜的だな」 「なに言ってんだ、神様なんか信じちゃいないくせに」 「何を言う、私は神を信じているよ。愛していないだけさ」 「もう、そんなのいいから早く見せてください」 「………アルが一番冒涜的だと思うんだがどうだ」 いいじゃん別に、とむくれる弟とそれを宥める兄に笑いながら、ロイは錬成陣へと手を翳した。 白い稲妻は雲を呼び、雲に浮かぶその驕り高ぶる神への塔は、走る電気に形取られ三人を白く瞬くように照らした。 世界は美しいですね、と、アルフォンスが呟いた。 |
リクエスト内容
「エドアルでロイアルでエドロイな幸せな話」依頼者様
つきさま
■2004/7/31 タイトル長!(まずそこ)
錬金術師3人の話だったので錬金術に終始してみました。ら、お題をはずしました……どこがロイアル…どこがエドロイ…かろうじてエドアルではあると思いたい…(が疑問)。
凄い色々捏造してますが(錬金術の組み立て方も捏造だしブリューゲルなんか鋼世界にいない)あまり気にしないでください…。
す、すみません、出直したほうがいいでしょうか…。
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