「見ないでよう」
 先程から小さなノートを広げ、ペンを走らせている手元を覗くと、がば、と天板へ覆い被さった子供に睨まれた。
「何を書いている」
「質問メモー」
 充分に幸村が離れたのを確認し、再びノートへ向き直った佐助はこちらを見もせずに答えた。手持ち無沙汰だ。
「……宿題か?」
 子供に構ってもらえず暇だなどと随分と情けないことだ、と考えながら尋ねると、佐助はうん、と頷いた。
「明日社会科見学なんだー。魚市場行くの」
「ああ、」
 道理でいつもの学校鞄がない代わりにウエストポーチと、真新しい長靴があるはずだ。玄関口に並んだそれに、理科で畑でも作るのかと首を傾げていたのだった。
「旦那、明日休みなんだろ」
「ああ、代休だ」
「いいこでお留守番しててね」
 おみやげ買ってくるから、と難しい顔で額を掻きながら言うのに、幸村はぱちりとひとつ瞬いた。
「……土産か」
「おかあさんにおこづかいもらった」
「それは昼飯代ではないのか?」
「お昼には終わるもん」
 くり、と首を巡らせこちらを見た佐助が、にか、と糸切り歯の抜けた歯を見せて笑った。
「だからおみやげ買ってくるね!」
 己の欲しいものを買えばいいものを、と思うが、昔の佐助が意外と物欲が薄かったように、今の佐助も時折玩具や菓子を欲しがりはしても、普段はさほど欲しがる子供ではない。
 大体、物欲しそうにされればつい昔の名残で強請られる前に買い与えてしまうから、欲しがる暇もないのだろう。時々、甘やかしてくれるなと佐助の両親に苦笑をされる。
 学用品も甘い祖父母が不足する前に用意してしまうから、佐助が自分の小遣いを使う機会などそうそうないのだろう。
「何を買ってくれるんだ?」
 できた、と満足げに笑ってノートを閉じ、ウエストポーチの中身を改めている佐助に尋ねると、子供はううん、と首を傾げた。
「………おだんご?」
 幸村はく、と喉で笑った。ソファの背に肘を突く。
「築地でか?」
「売ってない?」
「まあ、店がないわけではなかろうが、折角築地に行くなら他にもあるだろう」
「え、おさかな?」
 佐助は眉尻を下げて、不安そうにウエストポーチの中身を覗いた。
「足りるかなあ」
 耐えきれず、くっく、と笑うと佐助はぽかんと幸村を見上げ、それからむっと頬をふくらませた。
「なんで笑うんだよー! 俺様そんなにお金ないもん!」
「冗談だ、本気にするな」
「………じゃあおまんじゅう」
「ああ、何でもいい。お前が食いたいものにしろ」
 それじゃおみやげにならない、とぶつぶつと文句を言いながら明日の準備をするふわふわと揺れる髪を見、小さな胸の裡に住む、年下で甘味好きの男が時折顔を覗かせる様に、幸村は僅かに口元を弛めた。

 
 
 
 
 
 
 
20090624