ごろごろと布団の上を転がって夏物の上掛けを巻き取ってしまった忍びに、上手く結べなかった帯を直しながらおい、と声を掛ければ、疲れた疲れたと溜息混じりに戯けた声が返された。
「働かせ過ぎでしょ」
「此れが仕事か」
「金払ってないし」
幸村は暫し考えて、嗚呼郭の話かと頷いた。
「ならば、おれが金を払う側では無いか」
「うわっ、何よそれ。俺様に躯売れっての!」
「お前が言い出したのではないか。大体、抱く側が払うものだろう」
「お綺麗な奥方様が金払って、見目麗しい男に抱かれに来たりもすんだけど」
思わず吹き出せば、佐助は上掛けから其処だけ出ている首をぐるりと回して睨んだ。
「何で笑う訳」
「お前が美しい未亡人で、おれが見目麗しい男なのか?」
お互い無骨な戦人ではないかと笑いながら言って、勝手に簀巻きになった躯をえいと引き寄せる。
「簀巻きの忍び等、役に立たぬな」
「馬鹿にしてんの?」
「今、刺客が来ればお前、刺されてしまうだろう」
「何の気配も無いけど」
「そういう話ではない。気を抜くなと言っている」
なんだそんな事、と笑って、佐助は上掛けを離す気配も見せずにごろと半分転がり幸村の膝に犬猫の様に懐いた。
「旦那がどうにかしなさいよ。強いんだろ、虎の若子」
「お前、忍びだろう。主に守らせるとは何事だ」
「今日のお仕事はもう終わりなんですー」
言って、い、と歯を剥き出し掛けて、佐助はふっと表情を納めた。かと思えば掴んでいた上掛けの中からすると中身が消えて、幸村はぱさと落ちたそれに瞬く。
「旦那、寝て良いからね」
出て来ないでよと言った声に顔を上げれば、先程まで怠そうにごろごろと転がっていた忍びはあっという間に筒袖を纏い、素早い動きで姿を消した。ぽかんと見送り、散らかっていた部屋を見渡せば忍び道具の類は全て回収されたか、見当たらない。ただ履くのが面倒だったのか、臑までの長さの下衣だけがくしゃくしゃになっていて、幸村は黙ってそれを畳んだ。今日は袴姿では無かったが、端折らずに済む上衣の丈は腿の半ばまでしかない。
山を飛び回る修行中の子忍びの様な姿で敷地を駆け回り侵入者の駆逐に励むのだろう忍びに、先程面白がってその内腿に付けた赤い跡を思い返し、此の暗闇では見える筈もないのだが、と己に言い聞かせながらも、幸村はばたと布団に倒れ込みどんどん熱くなる顔を、先程まで忍びがくるまっていた上掛けにぐりぐりと押し付けた。
20070811
初出:20070724
芥
虫
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