「持ち場放棄とは良い度胸だな」
「そう言うあんただって、今此処に居る時点で持ち場放棄じゃん」
枝の上から、いー、と歯を剥いて見せた忍びに生意気な、と返して、幸村は馬上からうっそうとした林を見遣った。
「お前、陣へ戻れ」
「いやいや、あんたこそ帰りなよ」
「お館様のご采配でも落とせぬものが、己一人の力でどうにか出来ると思うなら、とんだ不敬だぞ、佐助」
「それ、そっくりあんたに返すよ」
ふん、と鼻で嗤い、佐助はひらりと身を躍らせて幸村の足下に降りた。つと上げた視線が、同じ様に林の奥を見る。
「あんたが死んだら困るじゃん」
「だが、此の戦、勝たねばならぬ」
「だから俺様がいっちょ大将の首獲って来てやるって言ってんの。心配しなくっても、あんたの手柄にしてやるよ」
「手柄が欲しい訳では無い!」
「だからって真田隊隊長が単騎突入なんて、馬鹿じゃないの?」
「相変わらず口の減らぬ忍びだな! 主を馬鹿呼ばわりする腹心が何処に居る!」
「だって馬鹿なんだもん。ばーかばーか」
「お前こそ馬鹿だろうが! 此の阿呆めが!」
「おーおー、言うねえ。俺様に何の算段も無いとか思ってんの? 見くびるんじゃねえってんだよ」
煩い、とげし、と肩を蹴れば、大袈裟に痛がった佐助は仕返しとばかりに、べち、と幸村の膝を叩いた。
「痛いぞ!」
「軟弱だなあ」
「手甲で殴るな! 爪が刺さる!」
「臑当て付いてんでしょうが」
「痛いものは痛い! というか主を殴るな! 此の不良忍びが!」
「命令違反侵してこっそり出て来ちゃう様な主がいますからね、そりゃあ躾はなってねえわなあ」
にやにやと嗤い、それから佐助はふっと表情を改めた。
「さて、」
「うむ」
「首尾良く首獲って生きて戻っても、大将にどやされるよお」
「仕方があるまい」
「俺様なんか、首になっちゃうかもなあ」
「ならぬ。お前はおれの命令に従っただけだ」
「いやあ、首になったらもっと給料よくって楽なとこに再就職するから、お気になさらず、主殿」
「庇う気が失せたぞ! たまには殊勝にしろ!」
へへっ、と何処か無邪気に笑った佐助に、幸村はふん、と鼻を鳴らしてにやりと笑んだ。
「お前一人では犬死にだが、おれが居ればなんとでもなる」
「うわあ、若者の自信過剰ってのは怖いねえ」
「お前とて、年など変わらぬではないか」
「俺様の疾さに付いて来れるの?」
「おれの馬を見くびるな」
「ならいいや。精々、足手まといにならないでよね」
「その言葉、そっくり返すぞ」
言って、手綱を返し短く気合いを入れて走り出せば、続いて風を切った細い影が併走を始めた。
時折藪を潜り枝を渡りしながら付かず離れず奔る影の気配を感じながら、幸村は未だ見えぬ敵本陣の篝火を目指して、林の中、馬を走らせた。
20070702
初出:20070706
芥
虫
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