首の下に違和感を感じて目が醒めた。横向きの姿勢で寝て居た視界に、投げ出した己の腕に平行に別の人間の腕が見えて、背後の体温を意識する。
 あー、と口の中だけで呻いて、佐助は腕枕の様な形になって居る腕よりも生白い己の腕を引き寄せて、くっきりと付いた手の跡に顔を顰めた。特に力が籠もった部分が、斑に青く浮いて居る。
 灯り取りの為の小さな光が視界にやたらちらちらと眩しくて(泣いた訳ではない、と主張はしておく)、顔を覆った腕を力任せに引き剥がされた、其の時に付いたものだろう。
 馬鹿力、と一つ呻いてぱたりと腕を下ろし、再び瞼を伏せ掛けて佐助は今度こそしっかりと覚醒した。頭の下の腕と、己の腕が矢張り同時に目に入る。
 佐助の方が幾分か高いだけの同じ様な身長に、同じ様な未だ幼さを残す細い体躯。手足の長さは多少佐助の方が勝るが、それもまあ、比べて漸く判ると言った程度、似た体格の、───筈の、躯が。
 がばりと身を起こし、佐助はまじまじと己の腕と投げ出されたままの幸村の腕を見比べた。細く見えても佐助の腕はそうそう軟弱な訳ではない。無駄な肉が無く、しなやかな筋肉だけが付いた、硬く、触れれば年頃の割には逞しい腕だ。
 だが、今見比べて居る腕は、一回りとは言わないまでも佐助よりも肉厚で、骨が太く、いかにも武人の肉の付き方をして居る。
 その腕を辿り、着物の上からでは想像の付かなかったしっかりと厚い肩を見る。思わずぺたりと掌を触れると、躍動する筋肉が高い熱を持っていて、そのままぺたぺたと触れた胸にもはっきりと鍛えられた筋肉が乗っていた。
「………何だ。変な手付きで触るな、気持ちが悪い」
「うわっ!?」
 硬い腹筋を触り己の矢張り硬い腹と感触を比べていた佐助は、唐突な声に文字通り飛び上がりついでに飛び退った。
「な、何、起きてたの!?」
「べたべた触られて寝て居られる様では武人失格ではないか」
「って言うか気持ち悪いって何だよ! 俺にはべたべた触ってた癖に!」
「おれはいいのだ」
「何だ其れ意味判んねえ……」
 うんざりと溜息を吐いて佐助は何気なく己のくっきりと手の跡の残る腕を見た。躯にはあちこちやたらと綺麗な歯形が付いて居る。幸村は歯並びが良い様だ。だからと言ってこんなに跡が付く程力一杯噛まなくても、と思う。
「うわあ、暫く装束脱げねえな。みっともねえったら」
「おれだって裸になれぬわ。思いっ切り蹴りおって」
 胸や背中に残る蹴り付けられた痣が痛むのか顔を顰めて、幸村はひょいと佐助の腕を取った。
「お前、意外と細いのだな。知らなかった」
「俺様は忍びだから細くて良いの! 旦那とは違うの!」
「おれと比べて悔しがって居た癖に」
「だ、誰も悔しがってなんか無いっての。言い掛かり付けないでよ」
 睨み付けると厭な顔でにんまりと嗤われた。
「……ちょっと。何其の顔」
「佐助がおかしい」
「はあ? また言い掛かり?」
「悔しかったらもっと鍛えろ。良い天気の様だ、鍛錬でもするか。付き合ってやろう」
「いやいや、あんた元気だね。でも俺様くたくただから休ませて下さいよ」
「忍びの癖にすっかり寝入っていたではないか」
「ひとの寝顔眺めないでよ、趣味悪いなあ。忍びだって疲れたら寝るんだよ。つうかあんたが乱暴なんだよ。あちこち痛えったらないよ」
「うむ、精進あるのみ」
「頼むから、他で精進してくんねえかなあ」
「何を言う。お前が一番手っ取り早い」
 何だ其の理由、と顔を顰めて、しかし好いて居るから等と言われても気色が悪いだけだと思い直し、佐助はぼそ、と躯を倒して捲れていた布団を引き上げた。その肩をゆさゆさと揺すられる。
「おい、もう朝だ」
「早朝でしょ。俺様今日は休みなの。寝る」
「主の部屋で朝寝する奴があるか」
「誰の所為だよ」
「おれが起きるのだから、起きろ!」
「うっさいよ旦那。もう、良いからさっさと起きて鍛錬でもなんでもして頂戴」
「お前、もう少し分というものをだな、」
「嗚呼もう、はっきり言わなきゃ判んねえの? あんたが下ッ手くそだから、あちこち痛くて怠いの! 半日くらいほっといてくれても罰当たんねえよ」
 だからさっさとどっか行って、とあからさまに追い払う動きで片手を振ると、不穏な沈黙が返された。その気配に厭なものを感じ、佐助はじりじりと視線を向ける。
「………あの、旦那?」
「佐助」
「な、何」
「やはり精進あるのみだ」
 生真面目そのもの、と言った其の真っ直ぐな眼差しに頬を引き攣らせ、佐助は布団をはね除け飛び起き素早く伸びる腕を辛くもかいくぐり、着物を掴んでその場から姿を消した。
 背を佐助! と名を呼ぶ大声が追って来たが、冗談じゃない、と呻いて着物を羽織り、もしや此れが日常茶飯事になるのでは無いだろうなと佐助は深々と溜息を吐いて、忍隊の詰め所へとふらふらと足を向けた。

 
 
 
 
 
 
 
20070315
初出:20070215