「ちょ、と……休ませてよ……!」
切れた息が漸く納まったばかりの喉から絞り出した声は意図せず掠れて、佐助はどっと背にのし掛かった疲労にがっくりと肩を落とした。膝が蹌踉めく。
「もう、まじ勘弁してよ。俺様丸一日走り通して今帰って来たばっかりなんですけど……?」
「某が命じたのだ、判っておる」
「だったら! 他の奴に頼んでよ!」
「駄目だ」
「何で!?」
「お前が行け」
話は終わりとばかりにくるりと踵を返してしまった幸村の背を呆然と眺めて、佐助はほとんど無意識に伝令を命じられた隊までの距離を指折り数え、計る。駆けに駆けて、恐らく半日。作戦の伝令だ、其れ以上時間を掛けては、失敗する。こうしてしゃがみ込んでいる間にも着々と時間は過ぎて行くのだ。
あああもう、と呻いて佐助は立ち上がった。人使いが荒過ぎると思うのに、他の者に愚痴を零せばそんなことはないと皆が目を丸くする。猪突猛進、視野が酷く狭い様に見せ掛けて、その実相当冷静に、部下の、敵の、味方の実力を見極める目を持っている主だと。能力に比した仕事を的確に渡すのだと。
なら何だ此れは苛めか、と呻いて、佐助は疲れ果てた躯を伸ばし軽く跳躍した。枝を掴んでくるりと一回りし、木上に乗る。
「佐助!!」
其のまま次の木へと飛び移ろうとした所で飛んで来た声に、ちらりと視線を向けると主は真っ直ぐな目を此方へと向けていた。
「此の戦が終わったら、充分に休みをやろう!」
「はあ?」
「今が正念場だ! お前でなくば間に合わぬ! お前の足に掛かっておるのだ、心して駆けろ!!」
行け! と轟くような大声で言った主にぽかんと目も口も開いて、重心を移し掛けて居た躯を危うく支え損ね佐助は慌てて枝にしがみついた。呆れた主が眉を下げる。
「何をやっておるのだ、お前は。忍びが木から落ち掛けるなど」
「あ、あ、あ、あんたが変なこと言うからだろ!? 何なの急に気持ち悪い!!」
「気持ち悪いとはなんだ!!」
「うう、煩い! もう行く、間に合わなくなる! こんな無茶苦茶なのはこれっきりにしてよね!!」
怒鳴るだけ怒鳴り、佐助は熱くなった顔を背けて木々の合間を跳んだ。
背後から主が何か怒鳴った様だったが、其れには耳を塞いで佐助は何なのもう、調子狂うな、とぶつぶつと毒突いた。
20070315
初出:20070215
芥
虫
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