「ちょ、何それ泥だらけ!」
 誰が洗うと思ってんの! と額に青筋を立てる佐助に少なくともお前じゃないだろうと憮然として、幸村は青くなり始めた頬を歪めた。
「もう、何処の餓鬼だよ、いい年して喧嘩なんて。こんな泥だらけ傷だらけになるまで取っ組み合って、何が原因だよ」
 あからさまに嫌々ながら傷薬を出す佐助に憮然として汚れた着物をはだけながら、別に、と幸村はそっぽを向いた。別に、じゃないでしょとうんざりとした目が流される。
「言えないような事で取っ組み合いなんかしないでよ! 仮にもあんた、武士だろ。お館様に合わせる顔がないんじゃないの」
「お、お館様は判って下さる! お前とは違うのだ!」
「へーへーそうですか、どうだかね。まるっきりの餓鬼じゃないのよ。それで一端の武将気取ってんだから偉いもんだよね、ほんと」
「煩い! そもそもお前が、」
 傷を濡れた手拭いで拭われながら真っ赤になって怒鳴り掛け、幸村ははたと口を閉じた。佐助は怪訝な顔をする。
「俺が、何よ。俺様がなんかしたとか言うんじゃないだろうな。言い掛かりは止してくんない」
「い、言い掛かりではない! そうではないが、……べ、別に、何でもない」
「何でもなくて俺のせいにしないでくれない」
「お前のせいにしたわけではない! ちょっと、間違えただけだ」
「何だ其れ、意味判んねえ」
 はー、とあからさまに無礼な溜息を吐いて、眉間に皺を寄せたまま佐助は淡々と手当てを施す。その様にむっと口の端を引き下げて、けれど幸村は沈黙で通した。何をどう言えばいいかなど、判らなかった為だ。
 
 ───彼の橙頭、忍びの癖に出しゃばりなんだよ
 
 密やかにさざめくように聞こえた人の悪い笑い声に、鋭く向けた目を気付かれて何だよと睨み付けられた、其れが何故か酷く気に食わなかったのだと、など。
 
 どの面下げて白状すれば良いかなど、全く判る筈もない。
 
 憮然としたままの頬に、此方もむくれたままの佐助がびしゃんと湿布を貼り付けて、傷に滲みた其れに幸村は間抜けな悲鳴を上げた。

 
 
 
 
 
 
 
20070315
初出:20070215