「佐助、すまぬ。居ても良いか」
「良いけど、何? 珍しいね」
 忍隊の会合に顔を出した珍客に、上座を譲ろうとした佐助を手で留め空かさず差し出された円座を敷いて幸村は入り口脇に胡座を掻いた。
「何か編成にご注文でも?」
「うむ。お館様の……本陣の方に、一人欲しい」
「嗚呼、そういや武田忍びから一人、手練れのが抜けたっけ」
「うむ……先の戦の傷が、芳しく無かった様だ」
「まっ、こんな因果な商売だ。仕方がねえや。……そうだな、んじゃ」
 誰にしようかな、と車座になっている部下の顔を見回し首を傾げる佐助を幸村はちらと窺った。
「ん? 何、誰かご指名? 俺様は駄目だよ」
「お前が抜けては策にひびが入ろうぞ。きじでは駄目か」
 じっと控えていた忍び達の内でも一際若い男が、ぴょんと跳ねる様に顔を上げた。何が可笑しいのか、佐助は顎を撫でながら、く、と唇の端を吊り上げて笑う。
「ははあ、きじをご指名か」
「若過ぎるか」
「若いったって、未熟ってこっちゃねえしね。それに大将のお側なら滅多に事も無いし、武田の……大将の戦を見る良い機会でしょ。勉強にもなるし、旦那の後押しもあるとなるなら、別に構いませんよ」
「うむ。では、頼んだ」
「はいよ。そう言う事で、きじ」
「はっ、」
 拳を床に突き、きじは細い項を晒して深々と頭を下げた。
「謹んで、お役目頂戴致します」
 頷き、幸村は立ち上がる。
「あ、ちょっと待って旦那。俺様も戻るわ」
「良いのか」
「うん、もうおしまいだったの。じゃ、解散って事でよろしく。夜番の連中、交代してやんなよ」
 言葉の後半は部下に向けて、佐助は幸村に付いて部屋を出た。暫しすると背後でわっと、囁く程ながらも歓喜と判るざわめきがした。
「何だ、宴会でも予定していたのか」
 邪魔をしたか、と後ろを付いて来る佐助に訊けば、いいや、と可笑しそうな顔をされた。
「あんたがきじの顔と名前を覚えてたから、からかわれてんだよ」
「誰が」
「きじが」
「何故だ?」
「あんた、兵の名前なんか覚えてないでしょうが」
 む、と眉を寄せ宙に視線を走らせるが、そんなつもりは無い。それは無論全員の顔と名を憶えているとは言わないが、それでも空で名を言える者は幾人もいる。
「覚えが目出度いのは、首を獲ったからでも目立ったからでもなくって、実力がある者だけでしょ」
「む、」
「じゃ、こないだの小競り合いの時に、大将首運んで来たのの顔、憶えてる? あんた自分で恩賞渡したんですけど」
「…………」
 ほらね、と歯を剥いて笑った佐助は、肩を竦めて軽く両手を挙げた。
「でも、きじの才を見抜くなんて、流石だよ。多分此れで、お館様の目にも止まるよね」
「嗚呼……うむ、そうか」
「ま、其処まで考えててくれなくても良いよ。お館様の目に止まれば、武田忍隊の方にお手伝いに行く機会は増えるけど、うちの仕事に組めなくなっちまうからさ。一長一短ってとこ」
「しかし、きじにとっては」
「そうだね……きじは一匹狼って質じゃねえし、真田忍びの一員だし、お武家様みたいにお偉いさんの目に止まれば良いって事でもねえけど、ま、悪いこっちゃねえわな」

 
 
 
 
 
 
 
20080306
初出:20071225