お前んとこの忍びが落ちてるぞ、と散歩に出ていた来客に告げられ裏庭から藪を抜けて行くと、少しばかり拓けた日当たりの良い野っ原に、言われた通りに忍びが落ちていた。頭の辺りを大烏が、羽を膨らませたり縮ませたりしながら、そわそわと彷徨いている。
 幸村は傍らに立ち腕を組んで、仰向けに寝そべっている忍びを覗き込んだ。ぴいひょろろ、と暢気に鳶が鳴いている。
 忍びはへら、と笑い、顔の横に無造作に放られていた手を上げもせずに、指だけわきわきと動かした。此の陽気とはいえ少しばかり涼しい山の麓だと言うのに、額にじんわりと汗を掻いている。
「よ、旦那」
「何をしているのだ、お前」
「いやあ、ちょっと上で上杉のかすがとやり合って、しくじってさあ」
 烏から落ちた、とあははと笑う佐助に、幸村は大きく嘆息する。
「お前、珍しいな」
「もろに膝こめかみに食らってさあ。目の前真っ暗」
「それで落ちたのか」
「落ちました。すみません」
「上杉の忍びはどうした?」
「それなりに手傷負ってたし、多分帰ったよ。通り掛かっただけじゃないかなあ」
 うろうろしてれば忍隊が見付けてるから、大丈夫、と軽く請け負う言葉の裏に、己の部下への揺るぎない信頼を含めた佐助に頷いて、して、と幸村は首を傾げた。
「お前、いつまでそうしているつもりだ? 反省ならば屋敷でしろ。政宗殿に見付かっただろう。忍びが落ちている、等と、とんだ恥を掻いたぞ」
「あはは、すんません。けどちょっと、問題があってさあ」
「…………」
 幸村はもう一度まじまじと、忍びの顔を見た。微かに切れた息が早い。深く肺まで吸い込めない様子のそれに、滲む脂汗に、不自然に手足を曲げた落ちた姿勢そのまま、微動だにしない躯に。
「………動けぬのか?」
 へへ、と佐助は眉を下げて情けなく笑んだ。
「肋がいっちゃった、かも?」
「───誰か、戸板を持って来い!!」
 周囲に潜むであろう護衛に叫び、額に青筋を立て、早く言え、と幸村は忍びを叱り付けた。

 
 
 
 
 
 
 
20070811
初出:20070717