「あー!」
悲鳴のような声を上げたルークに、レイトンは机へと置きかけた小さな包みを持ったまま顔を上げた。ちょいと片手でシルクハットの鍔を上げる。
「ルーク。どうしたんだ、そんな声を上げて」
「だって、先生!」
研究室のドアを大きく開けたまま、ルークはぱたぱたと駆けて来るとばんと机に両手を突いた。下敷きになった書類が滑り、幾分かしわになる。
「それ! 何ですか!?」
「これかい?」
二つ重ねた包みを示して机へと置き、レイトンは椅子を引いて座った。正面から少し爪先立ちをしているらしい少年の目を覗き、微笑む。
「チョコレートだろうね」
「ちょこれーと!」
「おや、ルークは今日が何の日か知らなかったのかい」
「知ってますよ! 知ってますけど!」
「近頃は女性からもこうして贈るものらしいね」
「そういうことじゃないです!! どうして黙ってもらってきちゃうんですか!!」
「女性の好意を無碍にするものではないよ、英国紳士としてはね」
「じ、じゃあ先生は、女の人なら誰でもいいっていうんですか!?」
レイトンは軽く眉を上げた。目を丸くして愛弟子を見詰める。
「まさか、そんなわけはないよ。後日きちんとお礼をするつもりではいるがね」
「お、お、お礼ってなんですか!?」
「そうだな、何か小物か、ハンカチでも……アロマなら、女性が何を喜ぶものか知っているだろうね。後で訊いて───」
「アロマさんに訊くなんて、絶対ダメです!」
レイトンはまじまじとルークを眺めた。
「……ルーク。君が何故それほど怒っているのか、理由があるなら聞かせてもらいたいね。取り敢えずドアを閉めて、座りなさい。お茶を淹れよう」
「先生!」
「誤魔化すつもりではないよ。とにかく、少し落ち着きなさい」
「………はい、先生」
渋々と言った様子で乗り出していた机から降り、ドアを閉めたルークはしょんぼりとソファに座った。
「ハーブティーでいいかい」
「………アロマさん、今日はお料理作って待っていますよ」
「ああ……彼女の料理は、なかなかユニークだね」
「先生、もちろんアロマさんにプレゼントは用意したんですよね?」
首を捻って見遣ると、少年は真摯な顔でじっとこちらを見詰めている。睨み付けられてでもいるような視線に、レイトンはふむ、と呟きちらりと顎を撫でて、それから笑んだ。
「な、なに笑ってるんですか!」
「いや、ルーク。ではお茶を飲んだら、一緒にアロマへのバレンタインのプレゼントを選びに行こうか」
「えっ!?」
ルークは飛び上がらんばかりに驚いて、慌てて首を振った。その大袈裟な仕種にレイトンは笑みを深くする。
「ボ、ボクはいいですよ! 先生からあげてください!」
「何故だい? 我々は友情で結ばれているじゃないか。君だけ仲間はずれにはできないな」
「ゆ、友情って、友情って……だって、今日はそういう日じゃないでしょう?」
「だが、君はアロマにプレゼントをしたいだろう、ルーク」
「そっ、そんなことありません!」
「おや、大切に思っていないのかい? 友人なのに」
「そ、それは……大切ですけど………」
もごもごと呟いて俯いたルークは、しかしすぐに顔を上げた。
「解りました、先生」
「誤解は解けたということかな」
「先生が女の人に誑かされたって話はまだ終わってませんけど、アロマさんへのプレゼント、一緒に選びに行きます」
「誑かされたって……ルーク。どこでそういうことを覚えて来るんだ」
「先生は鈍すぎるんですよ! この大学の学生さんにだって、女狐の目で見てるひとはいっぱい……」
「ルーク。女性をそういう風に言うのは感心しないな」
「……すみません」
とにかく、とこほんとひとつ大人ぶった仕種で咳をして、ルークはソファに深く座り直した。足が浮く。この少年はふかふかとしたソファやベッドに埋もれるのが好きだ。
「お茶をすませたら、早速出かけましょう、先生! 早くしないと日が暮れちゃいますよ」
「そうだね、急ごうか」
プレゼントを選んでいる間に義憤に燃える少年が机の上のチョコレートのことなど忘れてくれればいいがと考えながら、レイトンはカップを取り出してトレイの上へと並べた。
20090624
初出:20090216
企
虫
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