「佐助、おはぎだぞ」
 通り掛かった茶屋を眺めて足を弛めた幸村に、馬の手綱を引いていた佐助は「嗚呼、」と首を巡らせた。
「此処いらは胡桃のおはぎだよね」
「買って帰らぬか」
 ええ、と佐助は眉を顰めて溜息を吐いた。
「あんた、あれだけ昼飯食っといて、未だ食うの?」
「ば、違うわ!」
 呆れた声に通りすがりの女にくすくすと笑われて、幸村は括った髪をぶんと揺らして佐助を見た。
「お館様がお好きであろう!」
「あー、そうだね。甲斐に居ると食う機会がねえもんな」
「今は城におられるし、我等も夕刻までには戻れよう。なれば、晩酌にも出せるであろうが」
「甘味で酒呑むのって、旦那くらいなもんだけど」
 でもまあ、そうですね、と頷いて、佐助は手綱を捌いて茶屋へと足を向けた。
「ついでに、ちょっと一休みして行きません?」
「昼餉を済ませて、未だ一刻だぞ。それに早よう戻らねば、お館様がお待ちかねであろう」
「お茶一杯と、おはぎ一つ食べるくらい、ちょっと馬走らせれば直ぐ取り戻せますって」
「おれは要らぬと、」
「俺様が食べたいの。付き合ってよ、良いでしょ?」
 首を傾げて笑う佐助に、幸村はむ、と顎を引いた。
「うむ、ならば仕方があるまい」
 くるりと踵を返して先に立つ背に垂れる髪が、どことなく浮かれた歩調を移して楽しげに跳ねているのに佐助は口元で笑い、馬の首を叩いて主の後を追った。

 
 
 
 
 
 
 
20070629
初出:20070606