足音はほとんど立ててはいないが、ほんの微かに硬い足具の音が洞窟に反響する。
 とは言え彼れが忍びとして劣っているということではない。戦場の戦忍は、無音や隠遁よりも、疾さと鋭さが必要だ。それを考えれば、充分過ぎる程に彼れは優秀だった。
 と、ん、と、躊躇いをそのまま示したかのような音が僅かに強く響いて、其れは止まった。佐助は葛籠に腰掛け組んだ足に肘を突いたまま、口角を吊り上げて嗤った。
「おーやおや、こんなとこまで来るとはね」
「誰だ!!」
 名を呼ぶ前に鋭く響いた誰何に、肩を竦める。
「誰だって、酷いじゃないの。俺様のこと忘れちまったわけ? ついこないだだって───」
「誰だと言っている!」
 苦無を構えたまま重ねて誰何した女に、佐助は一つ瞬いた。女はきつい相貌を緊張に強張らせ、一言たりとも余計な事を言うまいとでも言うように、唇を一文字に噛み締めている。
「………はあん、そうか」
 
 成る程、此処で、縁を切るか。
 
 仕方がないねえと呟いて、腰の得物を両手に取りながらゆらりと立ち上がる。立ち上った殺気に警戒を強めたか、一見隙だらけの動きにも女からの攻撃は無い。
「……へ、こりゃあちっとばかし、やりにくいかもな」
 女が、心を殺せと幾度も幾度も呟きながら人を切り捨て駆けているのを知っていた。今はその呟きもない。ただ決めてしまった、その現れのように瞳が強く輝くだけだ。
「さて、んじゃあいっちょやらせてもらいますか」
 大手裏剣を携えた腕をふわりと広げきち、と構えると、女が僅かに腰を落とした。佐助は唇を歪ませて、嗤う。それでもう、決まった。
 
 此処で殺すと、決まった。
 
「猿飛佐助、───いざ、忍び参る」

 
 
 
 
 
 
 
20061226
初出:20061207