「おっ、似合ってるじゃん、制服」
 入学式を終え、担任へ挨拶へ行ってしまった兄と別れ新入生と保護者の波の間をふらふらとしていると、ふいに馴染みの声が掛けられた。
「佐助! どうしたのだ、今日は在校生は休みだろう」
「部活だよ」
「お前、帰宅部だと言っていなかったか」
「春休みのバイト終わって暇だったから、バスケ部に助っ人してんの。試合近いから練習来いって言われた」
 ふうんと頷きどことなく着崩した感のある制服姿を眺めて、着ているというよりも着られていると言ったほうが近い己の真新しい制服姿と見比べる。
「お前の方が似合っているな」
「ま、二年も着てりゃあねえ。あんたも直ぐ似合うようになるって」
 言いながら伸びた手が、おやと思う間もなくつむじのあたりをさらった。はらはらとほの白い花弁が落ちる。
「朝に並木の下、来たの?」
「うむ」
「んじゃ、桜被って入学式だったわけ」
 くすくすと可笑しそうに笑う相手が頭の上の桜に気付けたのは、まだまだ背が追い付かずにいるからだ。
 幸村はむうと僅かにむくれて、それから自らわしわしと頭を払った。
「もう取れたよ」
「わかってる」
「髪の毛ぐちゃぐちゃだよ」
 しょうがないねと手早く髪を梳く指が長い。二歳しか違わないのに大人の手と変わりが無くて、また気難しく眉を寄せると佐助は軽く肩を竦め、手を引っ込めた。
「今日は誰が来たの? 信之さん?」
「ああ」
「どこ行ったのさ。まさかあんた、迷子じゃ」
「そんなわけがあるか。兄は担任の先生のところへ」
「ああ、ご挨拶ね。親父さんの名代は大変だ」
 はぐれたんじゃなくって安心したよ、と笑う相手にあのな、と半眼になって見せれば、佐助はちらりと校舎のスピーカーに視線を向けた。
「入学式はけっこー迷子、出るんだぜ。たまに放送入るもん」
「……そうか。まあ、割に広いしな」
「生徒数の割にね。夜とか残ってるとおっかないよ」
「お前がそういうものを怖がるとは知らなかった」
「俺じゃなくって、あんたに言ってんの、新入生」
 馬鹿にされたのか、と片眉を上げ掛けた幸村は、ああほら、と背後を指差されて振り向いた。
「信之さんが呼んでるよ」
 じゃあね、またね、とぽんと肩を叩かれて、振り返ると佐助はさっさと踵を返してしまった後だった。並木からここまで飛んでくるのか、ちらちらと白い花弁が春霞の中舞っている。
「今のは、佐助か?」
 立ち尽くしている幸村に呼び寄せるのを諦めたのか、近付いて来た兄に問われて幸村は頷く。
「部活があって出て来たそうです」
「あれは何部なんだ?」
「助っ人でバスケ部にと」
 バスケ? と首を傾げて、兄はもう人に紛れて見えなくなってしまったオレンジ色の髪を探すように視線を泳がせた。
「しかし今日は、体育館は使えないだろう?」
 穏やかな声に、幸村は兄の横顔を見上げる。
「え?」
「式があって、体育館は使っていただろう? ここの高校は講堂がないようだから」
 そう言えば、と慌てて視線を返しても、当然求める姿は視界にない。
 幸村は幾度か瞬いて、それから先程骨張った指に梳いてもらった頭を何となく撫でた。何も言わずにただ微笑んだ兄に促され校門に足を向けながら、帰ったら年上の幼馴染みに電話をしてみよう、と幸村は思った。

 
 
 
 
 
 
 
20070422
初出:20060510