暑い。
 がんがんに照り付ける日差しの中で、屋外の竈に火を入れ緩く摺り鉢状になって鉄板を掛けて、其の上の豆を延々と煎っている。
 暑くて、熱い。
 ぼたぼた、と落ちた汗が鉄板の端と竈の石に当たってじゅ、と蒸発した。剥き出しの腕で額を拭う。手拭いを被り量の多い髪を押さえては居たが、後れ毛がべたべたと張り付いて流れる汗に剥いでも剥いでもまた張り付く。薄い着物ははだけて腰溜めで、袖に火が移らないよう帯にたくし込み、肩は日差しと火の熱にじりじりと赤く焼けている。
 ざ、ざ、と長い菜箸で豆を煎る。何に使うのかは知らない。味噌でも作るのかも知れない。節分には全く向かない陽気だ。
 ばち、と音を立てて豆の皮が爆ぜる。もう一度汗を拭う。あちい、と絞るように呟くと、酷く乾いた声が出た。
 ふっ、と肩を上下させて息を吐き、後少し、と箸を動かす。ざ、ざ、と砂を踏むような音がなかなか小気味良い。
 
「佐助」
 
 嗚呼この小気味良い音が好きで俺が煎って上げるよと下女から豆を受け取ったんだったか。豆が跳ねて可愛い顔に火傷でもしたら厭でしょとか何とか。
 ざくざくと、豆を煎るのとは違う音を立てて声の主がやって来る。
「佐助」
 はい、もう少しだから待っててよ、そしたら茶を冷やしてお八つにしようよ旦那。
 
 
 
「………て、いう、夢見た」
 がらがらとした声で言うと、ふーんとほーの間のような声を出してむぐむぐと饅頭を頬張りながら、幸村はストローを差したペットボトルを差し出した。礼を言って受け取って、佐助は中身を一口飲む。温いスポーツドリンクだ。ぴり、とわずかに喉に浸みる。
「未だ熱が高いな」
 ごくん、と饅頭を飲み込んでまだ半分を片手に持ったまま手を伸ばし額に触れた幸村に、佐助は顔を背けるようにして呼気が掛からないよう距離を取った。
「だから、移るから出てけって」
「そんな変な夢を見る佐助など放っておけない。大体なんで豆なんだ。何で着物を着てるんだ」
「夢に文句付けられても……時代劇かなんかの影響かなあ。別に観た憶えないんだけど」
「旦那ってなんだ」
「声からするとあんたでしたけど」
「なんでおれが佐助の旦那なんだ。奥さん?」
「………使用人、とか?」
 幸村は嫌そうに眉を顰めた。
「おれがお前を使っているようじゃないか。変な夢見るな」
「だから、夢に文句付けられてもなー」
 困るよそれに立場から言えば遠からずじゃん、と言えば、幸村は解りやすくむくれる。
「お前は雇われてるわけじゃないだろう」
「がっこ卒業したらあんたんちで働くじゃん」
「でもそれは親父がお前に給料を払うだけの話で、おれがお前を雇ってるわけじゃない」
「しゃちょーの息子じゃん。偉いじゃん。俺あんたに頭上がんないよ」
 べち、と遠慮のない手付きで橙の髪をはたかれて、いてえと佐助は首を竦めた。ちらりと見ると、半ば本気で憤慨した目がじっと睨み付けている。佐助は溜息を吐いた。
「ごめんごめん、怒んないで」
「お前がそんなだから、おれの言いなりになっているとか言われるんだ」
「ああ、なに、誰に。伊達か」
「あれはそういう陰湿なことは言わない」
「チカも言わないだろ。毛利」
「…………」
「気にするなって。あれはそういう生き物なの。本気で言ってるんじゃないから」
 ある意味本気のはずではあるが。
「一回チカに絞めといてもらう?」
「……あれはそういうこともするのか? 毛利とは仲がいいように見えた」
「だからだろ。チカに叱られれば堪えるんじゃない」
 むう、と眉を顰めて、いやいい自分で言うと饅頭片手にやけに男前な顔をした幸村に、佐助は笑う。ついでに噎せるとふと不安げな顔で見詰めた幸村が、饅頭をぱくりとくわえて両手で布団を引き上げきちんと首元を押さえた。
「ねふぇろ」
「食べながら喋らない」
「う、」
 まぐ、と饅頭を押し込んで二、三回咀嚼し飲み込み茶で流し込み、幸村はぐいぐいと袖で口元を拭った。それに文句を言う前に素早く身を乗り出して塞がれた唇に、佐助は眉を顰める。
「移るっつーの、」
「こういうのも、おれのうちに恩があるからだとか、言われるんだ」
「恩はあるけどそれで男に脚開くほど変態じゃねえよ」
 途端かあっと赤面した幸村ににやりと嗤い、言いたい奴には言わせとけばと佐助はその形のいい鼻をぎゅっとつまんだ。
「痛い、佐助」
「そらな。さ、もう母屋帰って」
「いい、まだいる」
「ほんとに移るっつーの」
「お前とは鍛え方が違う」
「お子様はあ、元気でもー、風邪引くもんなんですー」
「子供扱いするな」
 いっこしか違わないくせにとむくれる顔はここしばらくで精悍さを増したものの、まだまだ子供のようだ。佐助はくふくふと笑い、もふ、と布団を口元へ引き上げる。
「まあ、ガキと付き合うほど俺も酔狂じゃねえよ」
「おれはガキの頃からお前一筋だけど」
「あんたは酔狂だからねえ」
 言って、喋りすぎたのかげほげほと咳をすると、幸村は手を伸ばして加湿器を調節した。
「飲み物、もっといるか? 冷たいのがよければ取ってくる」
「んや、平気」
「じゃあ、夕飯まで寝ろ」
 PSPを引き寄せた幸村がイヤホンを嵌めるのを見、出て行く気はないんだなと佐助は肩を竦めて素直に目を閉じた。

 
 
 
 
 
 
 
20061226
初出:20061205