20061225〜20070105まで設置
文を書くのは嫌いではない。嫌いではないがゆっくりと時間を掛けて言葉と文字とを綴るものだから時間が掛かる。 だからその日、宴を中座して加賀と奥州から届いた歳暮の礼をしたため戻る頃には、もう粗方が酔い潰れているだろう事は予想はしていた。ひたすら蟒蛇の信玄を始め数名と、下戸の幾らかが残っているだけなのだろうと。 その下戸の中には敢えて呑まない己の忍びが混じっている筈だと何の疑いも無く信じていた幸村は、酔っ払いの世話と厨との往復に追われているだろう其れを呼んで共に下がろうとそう考えて広間を覗き、がらんとしてしまった其処を見渡して、ひとつふたつ瞬いた。 「幸村、文は書き終わったのか」 「は、明日にでも馬を走らせましょう。それより、あの、お館様」 困惑気な幸村にふっふ、と笑って、杯を片手に脇息に肘を突いた信玄は、顎で部屋の隅をしゃくった。小さく小さく丸まる、浅い緑の着物に橙の髪が映える酔い潰れた其れに共に視線を向け、幸村は眉尻を下げた。 「佐助は……、その、決して酒は弱くはない筈ですが」 「うむ。毒も酒も薬も効きが悪いと聞いては居るが、今日は兎にも角にも代わる代わる酌をされておったからのう。今年の戦はお主ら主従の働きは見事であったし、お主が中座をしてしまったからな。此奴に矛先が向くのは仕方があるまい」 初めのうちこそ襷を掛けてこまこまと働いては居たものの、重鎮に捕まれば腰を落ち着けるしかなく一度座れば立たせて貰えず、そのまま遂に潰されてしまったと笑う信玄に、はあ、と曖昧に苦笑を返して幸村は、座に残った数名のひっそりとした笑いのさざめきの中、身動ぎもしない佐助の元へと歩み寄った。 「おい、佐助。起きぬか」 軽く肩を揺するも、佐助は軽く眉を寄せ小さく呻くだけで目を醒ます気配はない。暫く声を掛けて、結局幸村は諦めた。 「お館様、失礼させて頂いても構いませぬか」 「儂は構わぬがお主、呑み足りぬのではないか?」 「其れは又今度、ゆるりとお相手下され」 「うむ、良かろう。では下がれ」 ふふふ、と笑って杯を干した信玄に頭を下げて、幸村は佐助を抱き寄せた。肩に担げば腹を圧迫して吐くだろうかと考えて、胸に抱える様に両腕で持ち上げる。こと、と肩に額が預けられ、密着した躯が成る程、普段では考えられない程温かい。 「では失礼致す。お館様も皆様方も、年を忘れるにしても程々になされませ」 「はは、女子の様な事を言うでないぞ」 機嫌良く笑われて笑みを返し、幸村は忍びを抱えたまま広間を出た。廊下を歩き、武田の屋敷での幸村の私室へと向かう。 佐助の部屋は幸村の住居する離れとは別に有ったが、狭い上に板間だ。とは言え見窄らしい布団しか与えられていないと言うことも無いし、普段なら気にせず其方に連れて行く所だが、これだけ強かに酔って居ては誰かが側に居た方が良いだろう。 屋敷の灯りにうすらと照らされる庭を見せようと雨戸が開かれた儘の縁側を歩き、私室の障子を開くと床も伸べられ、火鉢で温まった部屋はまさに寝るばかりに心地よく整えられて居る。 体臭が薄い為か酒のにおいばかりする忍びを布団へ転がして、ふう、と幸村は息を吐いた。そっと頭を支えて枕を敷いてやるも、佐助は目を醒ます様子は無い。 薄らと、赤い唇がいつもより濃い色をしている。しかし頬は白い儘で、幸村はふと不安になってその口元に耳を寄せた。ほんの微かな呼気が触れてほっとする。 よしよしと何気なく額に掛かる髪を混ぜるように撫でると、微かに呻いた佐助がもぞりと動き、此方に躯を向けた。手足を引き寄せ丸まった拍子に、緩んでいた襟が乱れる。胸元まで白い。 僅かに視線を泳がせて、手持ち無沙汰に首筋に手を当てれば、見る見る冷めて行く体温とは裏腹に、脈は速い儘だった。 「………ん、」 ふいにはっきりと甘えた様な声が洩れて、びくりと竦んで引こうとした手に瞬間早く、緩慢に懐く様に頬が擦り寄せられた。微かに開いた唇が小さく小さく動き、笑みに似た形を造る。 途端かあっと爆発するように首から上が熱くなり、慌てて手を奪い返して幸村は、酔っ払いの姿を隠してしまう様にばさりと布団を被せた。 「さ、白湯でも持って来よう! 大人しく寝て居ろ!」 潰れて居るのを承知でそう言い置いて、幸村は慌ててばたばたと部屋を出、それからそうだ火鉢が有るのだったとはっとして慌てて戻り僅かに障子を開け、またどかどかと足音荒く厨へと逃げた。 ぺろり、と、赤い唇を赤い舌が舐めて。 酔いに薄らと充血した薄桃色の目を細く開き、佐助はふん、と鼻を鳴らして小さく笑った。 将来奥方になる方に、男前なのも時に寄りけりですよときっと笑われるだろうなと考えて、その未来にまた少しばかり笑い、人の悪い酔っ払いはもぞりと寝返りを打ち温かな布団に鼻先まで潜り込んで、小さく丸まり目を閉じた。 |
据え膳食わぬは、
添い寝は平気でする旦那。(ふとんいっこしかない)