20070818〜0920まで設置

 
 
 
 
 
 
「あははははは」
 珍しく本気で寝入ってるらしい忍びを部屋の隅に転がしたまま書簡に目を通していた幸村は、唐突なはっきりとした笑い声に驚いて振り向いた。途端ぴたと声を止めた佐助は息までも潜めてしまったように微動だにせず上向いて目を閉じたままで、なんだ死んだかこんな妙な死に様など聞いたこともないが滑稽過ぎて却って笑えぬ、と慌てて近寄り顔を覗き込む。途端、ぱちりと目を開けた佐助はそのままがばと飛び起きた。
「さ……、佐助?」
 すんでの所で頭突きを避けた幸村は、目を見開いたまま起き上がった姿勢で固まっている佐助の奇行にどうした、と些か引き気味に訊ねる。佐助はうー、あー、と呻きごしごしと顔を擦った。
「変な夢見た」
「それは判っておるが……」
「なんで判られてんの」
「大声で笑った」
「ええ?」
 ぐるりと首を巡らせて幸村を見た佐助は顔を顰め、それから視線を彷徨わせて、結局そうするしかないとでも言いたげに妙な顔で笑った。
「いやあ、参った参った」
「どんな夢を見たのだ」
「聞きたい?」
「気にはなる」
 しょうがねえなあ、と偉そうに言って、佐助はごきと首を鳴らして座り直した。板間でごろ寝などするから躯が凝るのだと言えば、忍びに何言ってんの、俺の此れは働き過ぎ、と軽口で返して、佐助はへらりと笑う。
「なんかさあ、接吻する夢見ちゃった」
「………不届きな夢だな」
「しかも旦那と」
「は?」
 旦那とは何処の旦那だ、とぽかんとすれば、あんただよあんた、と指を差された。その指をついと手で退けて、幸村は気難しく眉を寄せる。
「何だ、それは」
「あ、気を悪くした? ごめんねえ。でも夢だし大目に見てよ」
「だから笑ったのか」
「だって可笑しいだろ。何でよりにもよって旦那だよ。あんたの言う通り、板間なんかで寝たからかなあ」
「おれと接吻すれば、可笑しくて笑うのか」
「へ?」
 ぱちくりと瞬いた忍びの胸倉を掴み、幸村はぐいと乱暴に引き寄せた。慌てて床に手を突いて倒れ込むのを防いだ佐助の、薄く開いた唇に己のそれを押し付ける。
「………どうした」
「は、」
「笑え」
 額を突き合わせ呆気に取られたままの顔を生真面目に見詰めて低く言い、幸村は手を離して立ち上がった。
「あれ、旦那、ちょっと……」
「野暮用だ!」
 言って、どかどかと床を踏み鳴らしながら幸村は大股に部屋を離れた。
 
 
 
 
 暫しして、遠くから響いた「ぅお館様ぁああああ!!!!」の大音響に、旦那のあれってもう大将呼ぶだけの叫び声じゃないよね、と自らの奇行に狼狽えているのだろう主を思い、宥めに行くべきなんだろうなあ、と呟きながら、佐助は頭を抱えて突っ伏したまま赤い顔で動けずにいた。

 
 
お天道様が西から昇る

予定外の事態。