佐助、と縁側から呼ぶと、今まさに出発しようと庭先に集まっていた集団の端にいた橙頭の忍びが振り向いた。
「ありゃ、どうしたの旦那。何かお仕事?」
 出掛けるって報告はしてたよね、と首を傾げる佐助に仕事ではないと頭を振って、幸村は手招きをした。佐助は十人に足らぬ程の部下達に何か言い置いて、此方へとやって来る。忍び達は銘々に、さざめく様な笑い声混じりで何か話をしていた。
「何?」
「彼れだけか? 三分の一も居ない様に思うが……」
「嗚呼、全員連れてったらこっちの警備が手薄になるでしょ。半分は残してるし、そいつらは今度の時に才蔵が連れてくから。それに、一人で馴染みのとこで呑みたいって奴には、金だけ渡してあるし」
「馴染み? しかし……」
「野暮言うなって」
 にやにやと笑った佐助の顔に幸村は憮然と唇を曲げて、不届きな、と怒鳴り掛けた言葉を飲み込んだ。何しろ、先日の戦では真田忍隊の活躍は目覚ましく、武田の大勝の功労者は間違いなく彼等なのだ。
 労ってやらねばならぬと言うのに、此処で怒鳴っては庭先で楽しげにしている者達にも水を差す。
 幸村は大声の代わりに溜息を吐いて、佐助の顔を伺った。
「まさか、お前達も、その……そう言う店に、」
「馬鹿だね、良く見なよ。くのいちだって居るでしょ」
 そう言えばそうか、と頭を振り、幸村は気を取り直して佐助を見た。
「お前、金は足りるのか」
「嗚呼、うん。頂いた報償から幾らか当てたし、それにこういう時の為に、忍隊でちょっとずつ酒代貯めてんのよ」
「しかし、お前、己の懐からも出すつもりであろう」
 小声で問えば、佐助はしれっと肩を竦めた。
「そりゃあねえ。可愛い部下の為ですし」
「それは見上げた心意気だが、お前の金では安い酒しか呑めまい」
 酷い言い種、と唇を尖らせた佐助に、幸村は懐手に組んでいた腕を解いて、そろりと袂から引き出した巾着を渡した。仕舞え、と目で示せば、心得た様にさっと懐へと落とされる。
「それで、美味い酒でも呑ませてやれ」
「へえ」
 佐助は目を細めて笑った。
「有難いねえ。彼奴等も喜ぶよ。何なら、旦那も来る?」
「いや、構わぬ。おれが居ってはくつろげまい。金の事も、他言無用」
「はいはい、了解しましたっと」
 へへ、と笑い、佐助は他に用はないかと訊ね、それから土産を買って来るよ、と言い置いて部下達の方へと戻った。そのままぞろぞろと連れ立って、こうして見ればまるで忍びには見えぬ者達は、各々に幸村へと頭を下げて、笑いさざめきながら門へと向かった。
 暫し其れを見送って、幸村は踵を返し、離れを後にした。

 
 
 
 
 
 
 
20090304
初出:20081110