盛大に鳴った腹に、薄笑いを湛えた儘の顔をぴくりともさせずに卿は菓子は好きかね、と訊かれて食えれば何でも良いと答えたら、黒塗りのなんだかぴたぴたした手触りの器にちょこんと申し訳程度に小さな干菓子を出されて、けちけちすんなと毒突き一口で食い終えさっさと立ち去ったのが暫く前。
それから近くを通る度に何処から聞き付けるものかマツナガサマの部下と名乗る者等に拉致されて、町中から少々離れた竹林の奥にある屋敷へと連れ込まれてなんやかんやと菓子を出される。けちけちすんなと文句を付けたのが効いたのか、その後に出されたものは山盛りの饅頭だったり山盛りの団子だったりする訳だが、食っている間に此の目の前の男は一時たりとも黙ってはいない。
「それは京から連れてきた職人に作らせた物でね」
京から取り寄せては流石に食せた物ではないからね、ならば作り手を連れて来るしかあるまい、等と続ける言葉の殆どが武蔵にはどうでも良い事だ。よくもまあこうも意味の無い言葉を延々吐けるものだと感心もするが、大方が訳が判らず煩いだけだ。
ばく、と最後の一つを口に放って、温い茶(此処の茶は常に温いが、此の男は猫舌だろうか)で口を漱いで残りをごくごくと喉を鳴らし流し込む。
「味はどうかね」
「あんまうまくねえ」
饅頭か茶か、どちらについて訊いたものかは判らなかったがどちらもいまいちだったから一言そう答えて、武蔵はぴょいと縁側から飛び降りた。男は少しばかり唇を余計に吊り上げて、可笑しそうな顔をする。
「なに笑ってんだてめえ」
何となくむかついて声を尖らせれば、いや何、と男は喉を鳴らした。
「卿は正しいな」
「訳わかんね」
そのまま何だか変に狭い庭を横切り(他の敷地は広い癖に、何故わざわざ此処を狭くしているのか判らない)生け垣を跨いで、武蔵はさっさと竹林の道を辿った。男は声を掛けなかったし、男の部下も追い掛けては来なかった。此れもいつもの事だ。
「米食いてえ」
何処ぞの裸の大将の所の握り飯、あれが美味かった、と不本意な満腹感を訴える腹をさすりながら呟いて、武蔵は大股で竹林を抜けた。
何時もまずい菓子を食い温い茶を呑み、こんな町外れにしか住めないなど、屋敷は大きくは見えたがもしかしたら食うに困っている奴なのかも知れないと少し思う。それからふと小さな荷物の中に食い掛けの焼き芋が入っていたのを思い出して、武蔵はくるりと踵を返した。己で食っても良かったが、いまいちの饅頭とは言え今のところ腹は満たされていて、食う必要もない。腹か減るまで置いておけば、すっかり干涸らびて仕舞うだろう。そうなれば野良犬にでもやるしかない。
「おい」
先程己が跨いだせいで乱れていた低い生け垣を挟んで声を掛ければ、縁側の向こう、障子を開け放した薄暗い部屋で何か手紙でも読んでいた男が、顔を上げた。影になるせいか、いつもよりも柔和で、いつもよりも年を経て見える。
武蔵は立ち上がる気配のない男に頓着せずに、生け垣を跨いで縁側へと歩み寄った。そのまま草履も脱がずに四つん這いで上ろうとすれば、其処で初めて男は立ち上がり、やって来た。
「ほら」
「……何かな」
「おめえ、いっつもまずいもんしか食ってねえから」
やる、とぐいと差し出せば、ゆっくりと後ろ手を解いた男はくっきりと歯形の付いたままの芋を受け取った。
受け取ったとなれば後は用はない。武蔵はくるりと踵を返して再び生け垣を跨ぎ、今度こそ竹林の道を抜けた。
書簡を運んで来た影の風が、背後に控えている。
久秀は硬い髪を結い上げた少年の頭を暫く見送って、すっかりとその姿が見えなくなってから手の中の芋を見た。
「………ふむ」
親指と人差し指で摘んで皮を剥けば、乾き始めていたのかすぐにぷつりと切れて上手く剥けない。久秀は黙って皮ごと一口食べた。口の中が乾く様な食感と甘みだ。
「成る程」
呟き、ふと背後の風にちらと目を遣り、久秀は芋を割った。
「卿も食べるか」
差し出せば、風魔は無言の儘、一拍だけ撤回の間を置いて、それが無いと知れると手を差し出し受け取った。
久秀は再び坪庭を見て、芋を一口頬張った。
少年の姿はもう視界に無く、久秀は少しだけ、何処かの空の下へと歩む彼の事を考えた。
20080105
文
虫
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