腕を引かれたかと思えば抱き締められて、首筋に顔を埋められる。高い体温が熱気の様に耳許を擽って、背を抱き寄せていた手がそのまま帯に掛かるのを、佐助は慌てて止めた。
「ちょ、っと、ちょっと、待ってよ旦那!」
 抱き寄せた腕は離さずに、幸村が顔を上げる。一見静かな双眸が、深く熱を孕んでいる。
「厭か」
「厭っていうか、まずいでしょ。お客が来てんのに……」
「慶次殿は離れだ」
「だからって、門がある訳でも無し、夜中でも思い立てば酒引っ下げて前触れ無しに来るよ、彼れは!」
「来れば、お前には判るだろう」
「あのね……! 幾ら風来坊ったって、彼れは前田の若君で、今の前田の当主に何かあれば確実に跡を継ぐお人だよ。織田の重臣、前田利家の秘蔵っ子! 蔑ろにしていい訳が、ないでしょうが!」
 聞かぬふりで再び顔を伏せ膚に鼻先を寄せた幸村の肩を掴み、佐助は溜息を吐いた。
「どうしたの、旦那。様子が違うね」
「……そうか?」
「いつもなら、誰か来てるってのに、こんな事しないでしょ」
 あんた意外と礼儀正しいし、と言えば、意外とは何だ、とむっと眉を寄せて、幸村は腕を弛めた。その目にちらちらと熱の残滓を見、佐助は再び溜息を吐く。
「まったく……散々喧嘩して、楽しかったんじゃないの」
「何?」
 ぼやけば鋭く返されて、佐助は何でもない、と軽く手を振った。
「兎に角、今日は大人しく寝て頂戴よ。俺もう行くから」
「何だ、夜番か」
「てわけでもないけど、俺様も色々、忙しいのよ。何かあったら呼んで」
 じゃあね、と軽く手を振り畳を踏んで部屋を出、そっと障子を閉める合間から見れば、幸村は背を丸める事もせずにじっと、此方を見詰めていた。
 もう一度溜息を吐き、音を立てない様戸を立て、佐助は先程熱の触れた首筋を押さえ、眉を顰めた。

 
 
 
 
 
 
 
20070624