「あーあ、こんなにしちゃって。片付け大変でしょうが」
地面割らないでくれる、と額を抱えて溜息を吐いて、忍びは頭の天辺を付き合わせる形でそれぞれ大の字に倒れ、ぜはぜはと息を荒げている二人を見た。
「旦那も、手合わせで無闇に火、出さないでよ」
「しっ、しかし、佐助!」
「はいはい、もう終わりでしょ。戻って手当てしましょ」
「未だ未だ、決着は、着いて、おらぬわ!!」
「起き上がれない癖に何言ってんの」
切れ切れの息で喚く主を軽くいなして、続いて佐助は胸の上にちょこんと乗った小猿をあやしているかの様に、大きく胸郭を上下させてぜいっ、ぜい、と喉を鳴らす風来坊を見下ろした。
「こっちは、生きてる? ありゃあ、自慢の髪が焦げたね」
「へっ!? まじで!?」
「まじで。後で焦げたとこ、揃えてやるよ」
此の世の終わりの様な顔でぐったりとした慶次に笑い、佐助は手を差し出した。
「起き上がれる?」
「お……おう、」
がし、と取られた手を気合いを入れて引き起こし、佐助は僅かに蹌踉めいた。
「お、重い重い。平気なら一人で歩いてよ」
「わり、ちょっと、未だ、」
「しょうがないな。旦那は、」
「無論、平気、だ!」
「何処がだよ」
よっこいせ、と引き起こし、肩を貸して慶次へと片手を差し出せば、その手を握った風来坊は蹌踉けながらも立ち上がる。
「う、うおおお、重い!」
大の男二人を半ば担ぐ様に引き摺って呻けば、大丈夫だ離せと引き摺られるばかりの主が喚く。
「嗚呼、もう、うっさい黙って! こんなになるまで遊ばないの!」
「あ、遊び等では……」
「風来坊と喧嘩だろ。遊びでしょうが」
「遊びに本気って事も、あるぞ」
「あんたも余計な事言わないで、黙って歩く」
叱り付けながらの声は未だ余裕を残している様にも思えたが、珍しく額に汗を掻き息を弾ませて引き摺る佐助に二人は殊勝に黙った。
「はい、到着! 片付けて来るから、動ける様になったら井戸で手と顔洗って、あと着替えて。おようちゃんに着物出しといて貰ったから」
「へえ、美人かい?」
「うちの子、口説かないでよ!」
釘を刺し、縁側に二人を放り出した佐助はさっと姿を消した。流石に割れた地面は直せぬだろうから、練兵場に置いて来た武器を取りに戻ったのだろう。舞った黒羽根を素早く指で掴めば、触れた感触もなくつうと夕闇に紛れる様に其れも消える。
はは、と笑って、はーあ、と息を吐いた所で隣に転がされていた幸村が、むくりと起き上がった。
「あれ、何だあんた、もう平気かい?」
「だから、平気だと申しておろう」
真顔で言って、幸村は装束の土埃を払う。
「お主と闘ると、髪まで砂でざりざりだ。彼の風はどうにかならぬか」
「いやいや、それは兎も角、じゃあなんで佐助に寄っかかってたんだよ。歩きゃいいだろ」
「彼れが勝手に担いだだけだ」
「………うわ、横暴」
「それに」
みしみし、と躯を伸ばし、立ち上がると幸村は慶次を見下ろした。夕暮れの赤い光に影になる中、目の光だけが鮮明だ。
「某が立たぬから、貴殿は無理に歩いたのだろう」
「まあ、流石に二人寄っかかったら、あんな細いの、潰れちゃうだろ」
「彼れは慶次殿が思う程柔ではござらぬが、貴殿を担げる程の力も無い」
踵を返し、井戸に向かう幸村に、慶次はへえ、と頬を崩して気合いを入れ、よっと立ち上がる。
「判りにくい気遣いするねえ」
「別に、気を遣った訳ではござらぬ」
「またまた。照れなくて良いって」
「彼れが、貴殿を支えると思えば、腹が立つ気がしたのだ」
それだけだ、と振り向かず言う赤い背に視線を彷徨わせて、ええっと、と慶次は頬を掻いた。
「それって嫉妬、じゃないよなあ?」
目を丸くして、幸村が振り向いた。
「嫉妬?」
「いや、違うよな」
うん、と一人納得して、何か言いたげな幸村の肩を叩き、慶次は続きを聞くまいと、髪の間から臭う煤に辟易しながら、慌てて井戸へと向かった。
20070622
文
虫
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