派手な立ち振る舞いを遠く城の屋根から眺めて、なんたる無礼な、と怒鳴る主の声を足下に聞きながら、しかし上田の民は自衛の意識が高く、その辺りの無法者など相手にもならぬ程の腕を持つ者も多い、ちょっとやそっとじゃ城までやってくる事など無理だろうが、手に余る様なら酷い怪我人や死人が出る前に止めに出なくては、と考えている合間にも、土煙はみるみる近付き大きくなっていて、いよいよ城へと攻め入ろうかと言った風。
おやこれはまずいな、と眉を上げて部下に素早く取って来させた大手裏剣を軽く振れば、耳聡く音に気付いたか、天守から騒ぎを見ていた主が身を乗り出す様にして此方を見上げた。
「旦那、落ちるって。危ないよ」
「出るのか、佐助!」
「いや、もうちょっとね、様子見。単身この上田に乗り込んで、俺様引き摺り出すくらいなら、前田のも相当なもんだ。たかが風来坊と侮っちゃいらんないねえ」
「馬鹿を申すな! 此の期に及んで侮る等と!」
「だってあいつ、武士じゃないんだぜ? 旦那の相手じゃないよ」
「前田の者と申したではないか! ならば武門の者、武士でない訳がない!!」
「いやいや、だからね、彼れは風来坊なんだって。お家を出奔しちゃってる遊び人なの」
「遊び人だと!? 此の時勢に何を呑気な」
「はいはい、だから、どうしたって俺で止めますから、あんたそこに居てよね」
言いながら、軽く腕を差し伸べればざあと烏が手首を攫った。
「んじゃあね、万が一俺様がやられても、あんた、彼れ、殺しちゃ駄目だからね。前田と事を構えるなんて、得策じゃないよ」
「お前がやられるものか!」
「嬉しいね。じゃ、行ってきまぁす」
「佐助!!」
何、と烏を緩く旋回させて顔を見れば、主は真摯な目で、欄干にしっかと手を掛け向こうの土煙を見ている。南天に差し掛かり始めた陽が、影をじわりと濃くした。
「おれは、身分で人を量った事など、ない」
「あー、はいはい、申し訳ない。俺様を下す様な奴なら、存分に遊んでやって」
ひら、と手を振って、遊び等ではない! と怒鳴る主の声を背に、佐助は滑る様に櫓の屋根を目指して滑空した。
20070609
文
虫
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