「あんたさ、あんたの忍びが裏切りでもしたらどうするんだよ」
 そんなに何でもかんでも預けてさ、と言葉とは裏腹に薄い唇の端を吊り上げ、面白がってきらきらと光る目をした慶次に、縁側に座った幸村は平然と笑った。
「それは、拙者の心臓が裏切る様なものでござるな」
「へえ?」
「心臓が裏切るのなら、某は死ぬ。なあ、」
 佐助、と天井へと視線を上げた幸村の声に暫しして、はあい、と返った声は気の抜けた忍びのものだ。
 ひょこ、と屋根の縁から逆さに顔が覗いて、愛嬌のあるいつもの顔をした忍びはへへえ、と笑った。
「前田の風来坊」
「うん?」
 笑顔の横の肩が、一瞬ぶれた、様な気がした。瞬間、手にしていた団子が串ごと何かに攫われる。庭に団子を縫い止めた其れは十字手裏剣で、刃の又に串を引っ掛け折らずに飛ばした様だった。呆然と見ている間に直ぐ様舞い降りた烏が咥えてちらりと慶次を見、ばさばさと飛び去った。
 呆然としたままの慶次を余所に、幸村が呑気におお、と声を上げた。
「烏にお八つか」
「いつも良く働いてもらってますからねえ。彼れは俺様の手足だし。風来坊、ご馳走様」
 烏の代わりに礼を言うよと笑顔のまま続けて、忍びは再び屋根の上へと姿を消した。それを見送り、持ち上げたままだった手をへなへなと下ろして慶次はそっと幸村を窺い見た。
「………幸村」
「何でござろう」
「ごめん」
「だそうだ、佐助」
 悪気の有る御仁ではなかろう、拗ねるな、と天井に向かって笑った幸村の言葉に、いらえの代わりにひょいと屋根の端から覗いた手が、橙色の蜜柑を放った。まったくこちらを見ていなかった癖に、それはきちんと慶次の手の中に着地する。
「烏が持って来たから、団子のお礼」
 憮然とした声に、慶次は鼻の頭を掻いて、有難な、と頬を笑み崩し蜜柑を縁側を走り回って遊んでいた夢吉へと渡した。

 
 
 
 
 
 
 
20070607
初出:20061228