慶次殿が、と途端にきつく眉を寄せ顎を引いた幸村に、佐助は拳骨を食らった頭を押さえながら不承不承頷いた。今頃は信玄と碁でも打っているのだろう慶次に、案内は有難かったが小さな者を質に取る等と殴られた跡だ。未だ軽く頭の芯がふらつく気がする。
「して、お前はどうして殴られた。上田に暴れ込んで来た時以来、慶次殿がお前に手を上げる事はなかったと思うが」
「嗚呼、それに関しては俺様が悪いんで、別に風来坊の所為じゃないよ」
「何?」
「大将も面白がってたし、邪魔しないであげてよね」
 言えば、幸村は座り込んで休んでいた佐助の前へ、渋面のまま屈んだ。べちん、と音だけを立てて頬が張られる。そのままべちべちと無造作に叩いて幸村は佐助を見詰めた。
「差し出がましいぞ」
「……嗚呼、はい。すみません」
「どうした、佐助」
「何が」
「様子がおかしいな。慶次殿を怒らせたと言うのもまた、お前らしくもない」
「別に下手打ったってだけですよ」
 ふむ、と呟き、幸村はまあいい、と立ち上がる。
「お前、その瘤は冷やしておけ。暫く痛むぞ」
「何処行くの」
 決まっておろう、と踵を返し掛けた幸村は再び佐助を見下ろした。
「お館様の所へだ」
「ええ、ちょっと、邪魔しないでって」
「彼れは織田の配下、前田の者だ。しかも腕の立つ武者と来ている。そんな者とお館様を二人きりになど、佐助、お前らしくもない」
「ちゃんとぞろぞろ控えてるよ! 何かしでかせば途端に苦無やら手裏剣やらで針鼠ですって! そんなの風来坊だって判ってるよ!」
「お前が不覚を取る相手だぞ」
 易々倒せるものか、と黒い目を底光りさせて、まるで己の力を侮辱されたとでも言う様に幸村は不快気な顔をした。佐助は眉を寄せる。
「ねえ、ちょっと、旦那」
「休んでおれ」
「待ってよ、彼れはあんたの好敵手じゃないんだよ!」
「判っている」
「判ってねえって! ねえ!」
 休め、ともう一度拒絶を繰り返されては佐助は留まるしかない。
 嗚呼、もう、だから面倒だって言ったのに、と嘆いて、佐助はずきずきと頭痛のする額を抑えて呻いた。

 
 
 
 
 
 
 
20071126