大刀の峰に掬うように攫われ空に弾かれた脇腹が酷く痛む。
呼吸をする度木枯らしのように鳴る喉も、槍を支えにしなくては立っても居られない程の肋骨の痛みも、けれど幸村の苛立ちの前には無意味だった。
「何故、死ぬ」
噛み締めた歯の合間から絞り出す様に、低く呻く。あの大刀の刃を返す、それだけで少なくとも一度は幸村の胴は真っ二つになり、二度は槍ごと腕が切断され、三度は取り返しの付かない出血を帯びて、そうして死んでいたのは此方の筈だ。深く抉れた地面の亀裂から、ごぼこぼと音を立てて泥水が上がる。此の辺りは埋め立てた川だ。いつでも空気が湿気って、放っておけばそう月日を待たずに、死体など腐り骨になる。
「何故死ぬ」
けれど死体の行く末など幸村にはどうでも良かった。ただ薄く開いた目に雲の流れと空の青さを落とし、穏やかな、笑みさえ浮かべた顔で横たわる、その男の顔が気に入らない。
足を引き摺り近寄って、槍に貫かれた胸から未だ血を溢れさせている慶次を見下ろす。真上から覗いていると言うのに、見る見る灰色に色を落として行く目には、幸村の姿は映らない。
深く、息を吐き、喉奥に呻りを溜めて幸村はぐるりと返した穂先を最早息の無い胸に再び下ろした。骨を避けたか、あっけない程あっさりと、肉と臓腑を潜り抜け刃先が地面を刺す。
「未だ勝負は付いておらぬ……」
なのに何故死ぬ、と三度繰り返し、ず、と引き上げた槍を再び叩き付けようとした所を、旦那、と抑揚の無い声に呼ばれた。幸村は怒りに目を光らせたまま、振り向く。
「その辺にしときなよ」
「何故だ」
「酷い怪我じゃないの」
「何故死ぬ、佐助」
「あんたが殺したからだろ」
肩を竦め、すいと踵を付けない獣の様な足取りでやって来た忍びは、打撲と裂傷ばかりの幸村の躯を検分して、嗚呼、酷いなあ、と溜息を吐いた。
「折れてるよ。あんまり、無茶しないで下さいよ」
「佐助」
「帰りましょ。手当てしなきゃあ」
「未だ、勝負が」
「そうね」
佐助は指を顎に当て、く、と首を傾げて幸村を見、足下を見下ろし、また幸村を見た。
「それは、また明日」
虚を突かれ、幸村は黙る。それからふいに表情から険を落として、振り上げたままだった槍を、だらりと下ろした。
「そうか」
「そう」
そうだったか、と頷いて、幸村は促されるままに踵を返した。
また明日。
昨日もそう言って立ち去った。傷は明日までに治るだろうか。
「ちゃんと飯食って、風呂入って、寝て、お天道様が昇れば治るよ」
「そうか」
「そう」
ぼう、と音を立てて、手の中の槍が燃えた。
背中にごうと音を立てて熱気が触れ、肉の焼ける臭いがした。けれど幸村は振り向かなかった。
まだ早い。
まだ、満足していない。
20071027
文
虫
|