何をしているのだ、と呆れた声がして、振り向けば憮然とした幸村が、障子を開け放していた縁側に立っていた。気配に気付いていたのか、佐助は平然としている。
「深夜の訪問者を、お持て成ししてただけですよ」
「……戻って来ぬと思えば」
 溜息を吐きながら、畳を踏んで入って来た幸村はそのままどかりと胡座を掻いた。当然の様に、今まで空けていた己の杯を差し出して、佐助は銚子を傾けた。
「あれ、けど」
 慶次は首を傾げる。
「あんた、女と居たんじゃ」
「何?」
「そうとは言ってないでしょ」
 ほら、と銚子を差し出されて、慶次は思わず杯で受ける。
「旦那の晩酌に、お付き合いしてたの」
 ふうん、とぱちぱちと瞬きながら頷いて、ならば夜目にも鮮やかな首筋の跡は虫刺されかと、からかわれた事を思い返して唇を尖らせながら、その尖った唇で酒を啜る。
「ほら、不味そうな飲み方しないで。粋人が聞いて呆れるよ」
 言いながら、手を伸ばして畳まれていた上等な仕立ての羽織を取り、主の肩へと掛けてやる仕種を眺めて、成る程一重で居るには流石に肌寒いと言うのに何故使わぬのかと思っていれば、彼れは主のものだったか、と慶次は一人得心した。それからまるで寒そうでもない、隣に居るだけで熱気を感じる程の虎の若子をちらりと見遣り、ふと、鼻を擽った酒の匂いに、ひとつ瞬く。先程の忍びと、同じ匂いだ。
 やはり虫刺されか、忍びも恋をするのだとちょっと嬉しくなったのに、とまた尖らせた唇で背を丸めたまま酒を啜り、慶次は深々と溜息を吐いた。
「戦人ってのは、何奴も此奴も無粋だねえ」
「あんたに言われたかねえよ」
 口を開き掛けた幸村より早く、にやにやと笑った忍びにからかう様な言葉を投げられ、慶次はふん、とわざと鼻を鳴らして見せた。

 
 
 
 
 
 
 
20070619