開きっ放しの熱い口の中が濡れている。うあ、だか嗚呼、だか判らない呻きが喉を鳴らして、大きく上擦った胸に、ひた、と汗に湿った額が付けられた。
「………佐助」
囁く掠れ声が、妙な熱を帯びている。
此の熱を込めた声で名を呼ばれる様になって、未だ日が浅い。初めて呼ばれたその時には、若い頭の裡にあった常道から余りに外れた己の熱が何を意味するのかも判らないでいた幸村に、仕方が無しに───けれど半ば望んで示唆したのは己だ。
それが、情欲を込めた、暗がりで女に囁く男の声と同じものだと、そう、解きほぐしたのは。
「ふぁ、あ、───嗚呼、」
慣れない躯に与えられる強過ぎる刺激と熱に、内側から燃えて無くなるのではないかと錯覚する。思わずぞくりと震えて目を瞠ると、目尻を涙が濡らした。小さな明かりに光ったか、目敏く見付けた幸村が、ぞろりと舌で眼球ごと舐め上げる。
「佐助」
「あ、………ん、何、」
否、と呟いて、肩を攫う様に抱き竦め、幸村は耳元に頬を擦り寄せた。肩から垂れる長い後ろ髪が、首元に絡む。
佐助は深く息を吐いて、ゆるゆると目を細め、天井の木目を見詰めた。
主が、体内に生まれた熱を上手く発散出来ずに燻らせるのは、概ね、彼の風来坊と顔を合わせた後だ。
熱の正体を明かした時に、それも告げてやれば、こうして抱き竦められていたのは彼の春風だったのかと考えて、それから、違うな、と冷静な頭の芯が答える。
彼れに熱を向ける事が出来たのなら、独眼竜や戦国最強と対峙したときの様にそれは闘争心となって、清廉なままに、昇華されてしまうだろう。しかし、彼の春風は、幸村の純粋な闘気を受け止める器の形をしていない。寧ろ、佐助の方が、未だ近い。
だが、彼れは幸村のものではなく、また、幸村も彼れを欲しない。己の手の内に無いものを、こうして、思うが儘に扱う事は、そもそも幸村の道理には無いだろう。
欲してもおらず、闘うべき相手としては充分でなく、けれど同時に不足もない彼れを、扱い損ねながら熱ばかりが燻って、その、折角の純粋な炎が、上手く燃えずに少しばかり昏く濁るのを、見かねたのは自分だ。
「旦那、」
囁くと、唾液の湧く口とは裏腹に、掠れた声が出た。
無言でこめかみを噛んだ幸村に小さく肩を竦めて、佐助は抱き竦められて上手く動かない腕をそろそろと持ち上げ、緩く背に回した。
20070612
文
虫
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