静かだと思えば与えられた客間で、でんと大の字で寝ていた風来坊に、佐助はやれやれ、と肩を竦めて主は何処だと見回した。影も形もない。
仕事から戻れば居る筈の主はおらず、招かざる客は昼真っから堂々と寝ている。
此れは客を放って何をして居るのかと主を咎めるべきか、客人の図太さに呆れるべきかと考えながら、佐助は羽織を広げて大きな子供の腹に掛けてやった。手持ち無沙汰に、そのまま膝を抱えてぺたりと座る。共に寝ていた小猿が、飼い主よりも敏感に気付き、ちょろちょろとやって来て抱えた膝と腹の合間に潜り込むとまた丸くなった。
忍びの体温でも暖が取れるのなら何より、と薄く笑って、佐助はそのまま小猿を潰さぬ様加減しつつ頬杖を突いた。
使いに出た甲斐から、幸村への書状と言伝を預かった。近々、越後衆との小規模な戦がある。
お互い御大将が出張る程のものでもなく、領地の境を巡った小競り合いではあるが、恐らく幸村率いる真田隊は出る事にはなるだろう。
風来坊には、そろそろ出て行って貰うか、戦が終わるまで此の上田に足止めするしかないな、と考えて、此れを閉じ込めておく等どれだけの被害が出るか、考えるだけでもうんざりとする、と佐助は後者の案を捨てた。
上杉との縁者など、本当なら、此の上田に入れたくはないのだが。
言っても聞かぬだろう風来坊に小さく溜息を吐いて、そう言えば主は此れが軍神と縁があるとは知らぬのだろうな、とふと思う。知ればこうして城へと一人残し、何処かへ出て行くなどせぬだろう。
知られればまた一悶着ありそうだ、と考えて、暫くは口を噤んでいよう、と佐助は目を細めて開け放たれた戸の向こうの景色を眺めた。
瞼を透かす光が急に気になって、ん、と呻いて目を開けると、頭の横に座り込んでいた筒袖姿の忍びが頬杖を突いたままふっと目を落とした。
「お早う、風来坊さん」
「ん、お帰り」
「ただいま。旦那何処行ったか、知らねえ?」
くわあ、と大欠伸をして、慶次はむくりと起き上がり乱れた逢髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「午に家の人に呼ばれて、どっか行っちまったよ」
「嗚呼……じゃ、領内に出たかな」
なら夕刻までは戻らないか、と軽く鼻を鳴らした忍びに、慶次は首を傾げる。
「何か、用だったのか?」
「用って言うか、土産に牡丹餅買って来たからさ。固くなっちゃうなと思って」
そうだ、あんた、牡丹餅好き? と首を傾げた忍びにうんと頷いて、慶次は忍びの懐で丸くなって居る夢吉を指差した。
「夢吉も好きだぜ。京の御手洗ほどじゃねえけどさ」
「はは、舌の肥えたお猿さんだ」
掌に掬う様にして手渡され、寝惚けておろおろとする夢吉を受け取った慶次は立ち上がった佐助を見上げた。
「お茶、淹れてくるね」
「おお、悪いなあ」
「そう思うんなら、そろそろ出てってよ」
「もう一回くらい、幸村と喧嘩してえな」
「止めてよ、庭直したばっかなのに!」
まったく、と呆れた様に頭を振る佐助に笑い、慶次はずり落ちた羽織を掴んだ。
「掛けてくれたのか?」
「腹冷やして寝込まれても困るしね」
軽く肩を竦めて、足音もなくついと出て行った忍びの影を見送って、慶次は胡座を掻くと午後も浅い空を見た。
「さあて、次は何処に行くかねえ」
呟き、夢吉を擽る様に撫でれば、小猿は迷惑そうに小さく鳴いて、もそもそと懐へと潜り込んだ。
20070702
文
虫
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