パ レ ー ド が 終 わ る ま で

 
 
 
 
 
 
「佐助、アイス」
「おっ、ありがと」
 半分に折ったソーダアイスを片方渡されて、暑い暑いとだれていた佐助は、結い上げた長髪を女子の様に髪留めで留めばたばたと手で己を仰ぎながら自分の分にかぶりついている慶次を見た。
「急にいなくなるからどこでサボってんのかと思えば、コンビニで買い物?」
「えらいだろー」
「えらい」
 ん、と続いて渡されたペットボトルを受け取って、溶け出しているアイスをじゅる、と舐め佐助は憎らしい程に青い空を見上げる。睨む気力はない。
「あっちぃなあ」
「遅せえよなー、あいつら」
「んー、まあ、花火夜からだし……」
「でもさっさと交代してくれないと、干上がっちまうよ」
「あ、お金」
「いいよ、政宗のおごり。冷たいの買えって金くれた」
「あー、んじゃ、ごちそーさまー」
 アイスをくわえたまま手を合わせて誰ともなく頭を下げ、周囲の同じく場所取りらしい若者たちを眺める。花見席と言うわけでもないが、ちらほらワイシャツ姿の社会人が混じっているのが、少々涙を誘う。
「佐助ってあんま汗掻かないよなあ?」
「んなことねえよ、べたべただよ。交代要員来たら一回帰って、シャワー浴びて着替えないと」
「え、幸村んち遠いじゃん」
「うーん、そろそろ来てくんないと心もとないかな」
「政宗んち行く? 俺そうするけど」
 着替えも置いてる、とくりくりと目を丸くする後輩に、佐助はちらと苦笑した。
「俺の着替えがねえじゃねーの」
「今のうちに連絡して、取りに行ってもらっとけば?」
「したら、あの人が交代に来れなくなっちゃう。ずっとここで日干しになっとけっての?」
「いや、だから、政宗に」
「アレにぱしりなんかさせたら殺されます」
「うーんと、だから、片倉さんに」
 佐助はあからさまに引き攣った笑みを見せた。
「………あの、けーちゃん。あの方ヤの付くご職業って解ってる?」
「いい人だぜ?」
「この際片倉さんがどんな方だとかは置いておこうよけーちゃん。いかにも筋者ですって顔した方が突然やって来て居候の猿飛君の着替えを要求したら、おうちの人がびっくりするでしょ!」
 うちなら気にしないけどなあ、と首を傾げる慶次は、けれどその言動ほど常識をぶっ飛ばしているわけでもないようだ。まあしょうがないな、と頷いて、どて、とビニールシートに倒れるように座り込む。
「じゃー、政宗の服借りればいい」
「ええー」
「だって俺のとか片倉さんのじゃ、でかいだろ。政宗なら大体サイズおんなじだろ?」
「あー、まあねえ」
 嫌がるだろうが慶次が頼めば二つ返事か、と佐助はひとり頷いた。
「じゃ、まあ、そうしますか」
「おう、決まり、な!」
 当人のいないところで拝借を勝手に決めて、二人は揃って喉を晒し空を仰いだ。
「あー、あっちいなあ」
 
 
 
 
 
「………毛利さん」
 ぎりぎりとこめかみを押さえ、幸村は深々と溜息を吐いた。熱気のせいかこの状況のせいか、酷く頭痛がする気がする。
「だから、待っておらずとも構わぬと言ったであろう」
「待ち合わせ場所に一人で来れましたか」
「さあ、知らぬ」
「……場所が解らないというから待っていたんですが」
「そうか。ご苦労であった」
 褒美を取らすぞとでも続けそうな口調で言って、元就は淡白な面の薄い口元に、ちらりと面白がるような笑みを浮かべた。手元のアイスコーヒーのグラスには、まだ半分以上中身が残っている。
 幸村は己のほとんど一息で空にしたグラスを睨み、腕時計を見た。交代に行くと約束した時間は疾うに過ぎている。
 寒さよりは暑さに強いとは言え、この日差しの中、日干しになっているだろう相方を思えば一刻でも早く向かいたいところだと言うのに、同行者の気紛れとも思える行動によって予定がことごとく破綻をきたしている真っ最中だ。
 迎えになど来るのではなかったか、と少しばかり気の良すぎる行動を後悔して(しかし夏期講習の為に登校した元就を迎えに行ってやってくれと曲がりなりにも先輩である相手に拝み倒されては、無碍にも出来ない。当人はバイトをどうしても抜けられないと、これもまた仕方のない事情だ)、幸村は俯き溜息を吐いた。その眼前に、すうと持ち上がった細い指が現れたかと思えば、軽く額が小突かれる。
「我の前で、そのように無様な溜息を吐くな」
 お前には似合わぬ、と涼しい顔で言った元就は、ストローを動かしからんと氷を鳴らして一口飲み、飴色の髪を肉の薄い掌で掻き上げた。細い癖に佐助より掌は大きいな、と幸村は妙なところで感心する。汗など掻かぬような顔をした男の首筋が、それでも汗に濡れているのに気が付きこれも一応人間か、と幸村はどことなく安堵してみっともなく丸めていた背を正した。
「まあ、そう情けない顔をするな。直に来る」
「………来る?」
 何が、と問えば、元就は薄く笑みを浮かべた。笑っているのかいないのかも解らない冷ややかな目が、つと大きな窓ガラスへと流される。つられて目を遣った幸村は視界には何も捉えることは出来なかったが、代わりに遠くから徐々に近付いて来た音が、あっという間に爆音となったのに僅かに上体を引いた。
 元就が、にんまりと狐の面のように、笑う。
「迎えが」
 ついと親指を外へと向けた、けれど何故か粗野に見えない仕種で指差したと同時に視界へと滑り込んだ大型バイクとフルフェイスにライダースーツの長身に、幸村は見るからに暑い、と少しばかりずれた感想を洩らした。
 
 
 
 
 
「んじゃ、後電話する」
「はっ。飲酒はお慎み下さいますよう」
「ガキ共が一緒だ、呑まねえよ」
 自らも未成年のはずの政宗の言葉を背に聞きながら、佐助はうん、と身体を伸ばした。汗を流した膚が車内の空調に少々冷えて、まるで涼しくならない夕方の風が、あたたかく感じる。
「おい、着崩れるぞ」
 ぐいと帯の結び目の位置を直されて、ずれた合わせを整え隣を見遣ると、妙に浴衣の似合う慶次が物欲しそうに夜店を眺めている。指でもくわえそうなその顔に笑って、買って上げようか、と声を掛ける前に、どんと帯を直し終わった政宗に肩を押され、佐助はよろめいた。
「ちょっと……」
「和服はやっぱりサイズ合わせやすいな」
「まあ、適当に丈さえ合えば合うし。つうか、あんたなんで何枚も浴衣なんか持ってんの」
「何枚もってほどじゃねえだろ」
 俺様一枚も持ってないんですけど、と半眼で呟くと同時に、今度は反対側の肩が小突かれた。
「……何よ」
 どうしてこの二人はこうも扱いが荒いのだ、と些かぐったりとしながら(意識はしていなかったが、炎天下に焼かれて少々くたびれているのかもしれない)見上げれば、きらきらとした笑顔の慶次が道の先を指差した。指の先からは長身の白髪と、小柄な飴色の髪の二人連れが、人波を縫ってやってくるところだった。
「おう、お揃いで」
「いや、ていうか、チカちゃん? あれ、てことは、もしかして今あの人ひとりで留守番?」
 ん、と政宗に差し出された重箱を受け取り、さらりと荷物持ちにされたことを気にも掛けていない様子の元親はちょいと連れを示した。
「ああ、元就迎えによ。ちょいと道が混んでてな」
「というか、此奴が馬鹿げた姿でバイクになど乗るから、着替えに時間が掛かったのだ」
「馬鹿、高速かっ飛ばして迎えに行っただろうがよ。それなりの装備じゃねえとやばいんだよ、さすがに」
 生身なんだぞ、と唇を尖らす元親を無視して、既に気もそぞろな佐助に元就が薄く目を細めた。
「小さな子供でもあるまい。小一時間程度の留守番で、何かあるわけでもなかろう」
「毛利の薄情者ー。あの人、あんたの迎えに行ったんだろ」
「頼んでいないぞ」
「俺が行けば良かった」
「それで、これと真田を共に置くのか?」
 くいと顎で示された慶次を見上げ、佐助は肩をおとす。
 きょとんと首を傾げる後輩に他意はないものの、割と頻繁に幸村の逆鱗に触れる発言を無邪気にしては怒らせて、言い合いでは済まず場外乱闘に持ち込まれることもしばしばだ。誰も止める者がない状態に加え警備のために警察官も出ている今日この場所で、そうさせるわけにもいかない。
「……まあ、俺、先に行くから」
 ゆっくりおいでよ、未だ時間あるし、と言いおいて、佐助は走り出した。苦笑のような笑い声が背を追って来たような気がしたが、無視をしてからころと下駄を鳴らして人波を縫い、佐助は日暮れの川縁を駆けた。
 
 
 
 
 
「佐助。あっちで見よう」
 こっちが美味いこれが綺麗だと慶次と額を付き合わせて政宗の弁当を吟味していた佐助は、袖を引かれて振り向いた。一通り重箱の中身を味見して満足したのか、幸村があっちあっち、と川縁を示す。
「いいけど、人混み凄いよ」
 せっかくいい場所とったのに、と首を傾げれば、すぐ戻ればいい、と変に一生懸命に見詰められ、佐助は仕方がないなと立ち上がる。
「佐助、帰りにかき氷ー」
「道が空いてたらね」
 女の子の浴衣にぶちまけでもしたら目も当てられない、と無邪気に注文を申し付けた慶次に笑って、佐助は腕を引かれるままに四人に手を振り、離れた。
「どこ行くの」
「欄干のほう」
「結構遠いじゃん。携帯チカちゃんに預けてきちゃったよ」
「あ、佐助、かき氷」
「食べたいの?」
 しょうがないなあ、と肩を竦めて掴まれた腕を引き今度はこちらが連れて、夜店を覗きかき氷をひとつ買う。はいと渡せば満面の笑みを向けられて、佐助は首を傾げた。
「どうしたの」
「さっき、前田には買ってやらなかった」
「政宗いるんだから、政宗が買ってやればいいじゃない。……他のひとにぶつかんないようにしてね」
 子供のようなことで喜ぶなあとにこにことかき氷を食べている姿を眺め、ひゅう、と鋭く空を切った音に佐助は顔を上げた。ばあ、とほとんど真上に散った火花と同時に、どんと腹に響く音がする。
「始まったよ」
「ん」
 スプーンをくわえ、片手にかき氷を持ったまますると繋いだ手を引かれて、危ないよと小言を言ってスプーンを取り上げ、佐助は音と見上げる人々の感嘆の声を聞きながら、年下の恋人に付いて歩く。人波の隙間を見付けたらしい幸村にすいと欄干の前に導かれ、あんたはどうすんの、と振り向き掛けたところで背後に熱を感じて思わず肩を竦めた。見れば、閉じ込めるように(無論そんな意図はないのだろうが)欄干に、背後から伸びた手が突かれている。その片側にかき氷が握られているのだけがなんだか可愛らしい。骨張った青年らしい手首に巻かれた銀色の腕時計が、妙に似合う。
「見える?」
「真上だ、問題ない」
 耳許の声にそっか、と頷いて、佐助は預かっていたスプーンをざくと氷に突き刺して一口すくい、食べた。
「………来週、別のとこで花火あるけど」
「うん?」
「二人で行く?」
 そっと訊ねると、僅かに沈黙が返った。佐助は促さず、黙ったまま空に散る花を眺める。
「……いや、」
「ま、あいつらこそ、二人で行きたがるかもだけど」
「前田や元親さんはみんなで、と言うだろう」
「そうねえ。まあ、政宗も毛利も、どっちでもいいとか言いそうだけど」
「佐助はどうだ」
「俺もどっちでも楽しいけど、あんたは?」
 遠慮はなしね、と言えば、また暫し逡巡のような沈黙を置いて、幸村はもう一度「いや」と答えた。
「皆で行ったほうが、楽しい」
「俺様とふたりじゃつまんない?」
「いや、楽しいぞ! だが、皆でこうやって集まるのも、今年で終わりだろう」
 今日も、本当なら元就は来れない予定でいたのだ。それをなんとかならないか、と頭を捻ったのは元親だが、頼まれたとは言え迎えを買って出たのは幸村だった。
 なるほど、そんなことを考えていたのかとふと笑い、佐助は頷き、水面に散る花火の鏡像に目を細めた。
「んじゃ、まあ、あんたとは、来年でも再来年でも、いつかふたりで見に来ようか」
 うむ、と頷いた髪が僅かに頬をくすぐって、そんなにくっついてたら変でしょうが、と笑い軽く肘でほとんど密着していた腹を小突き、佐助は再び夜空を見上げた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『パレードが終わるまで』はリクエストをくださったBBさまのみお持ち帰り・転載可です。
他の方のお持ち帰り・転載などはご遠慮ください。
転載について


リクエスト内容:雑記で出てきた学生6人組みの日常話(現代パロ)
依頼者様:BBさま

20070817

お祭りのおわりはさみしい

すごくぐだぐだで本当に日常になってしまいました…
しかもこれ6人っていうか、さなさす……うお…お……orz