「おっと、」
ぼとり、と食べかけのハンバーガーからバランスを崩して地面へと落ちたパティとトマトにもったいない、とがっかりとして、佐助は残ったレタスとバンズを口に放った。落としたトマトをつまみ、空いた包み紙へと放り込む。
「待って下され! 捨てるのならば某が頂戴致す!」
砂まみれのパティもつまみ上げたところでふいに掛けられた切羽詰まった声に、佐助は固まった。同時に縁に座り込んでいた花壇から飛び出した小さな影が、パティを浚い勢い余ってごろごろと転げた。
「間に合ったぁッ!! 無事でござるか、はんばーがー殿!」
ぽかん、と街灯に照らされたその小さなものを見詰めていると、嬉しげに生成肉の破片に話し掛けたそれはあーん、と口を開けてあっという間にぱくぱくと砂を払いもせずに食べてしまった。
「馳走になった」
くるり、とこちらを向いて両手を合わせ、頭を下げられ反射的にいいえ、と頷いて見せるとそれはふと怪訝な顔をした。表情がある。そう言えば先程も嬉しげに目尻を下げていた。
ネズミ程度の大きさしかないが、けれどこれは動物ではない。
「………貴殿は、某が見えておるのか?」
手足は痩せ細り、老人の顔立ちの割に子供並みの頭身しかないが、人だ。ただし膚は赤み掛かる灰色で、細く尖った耳も大きな口もぱくぱくと喋るたびに唇から覗くぞろりと生えた細かな歯も、何よりその頭の天辺の一本角も、到底人間とは思えない。
「み、見えます」
無論手乗りサイズの人間などいるわけがないが、と考えながら頷いて、けれど佐助はこれが何かを知っていた。
餓鬼だ。
「声も聞こえておる様子。おお、昨今では珍しいことだ」
真っ黒な目をきらきらとさせて笑った小鬼は、ちょこちょこと歩み寄ると佐助の手の中の包み紙を指差した。
「先程、小金瓜を拾ったでござろう。それも頂けませぬか」
「へ? あ、トマトか」
よいせ、と煉瓦ひとつ分しかない花壇の縁によじ登り、佐助の隣へ腰掛けた小鬼にトマトをつまみ上げて差し出すと、妖は頂戴致す、と丁寧に頭を下げて受け取り再びあっと言う間に食べてしまった。かさかさと、秋の夜風に吹かれた花壇の常緑樹が、音を立てる。
「あの………」
「む? 何でござろう。そなた、某を恐れぬな」
「ああ、えっと、割と見るんで」
「何、餓鬼をか? もう東の都には他におらんと思うておったが」
「いや、あんたみたいのは最近見掛けないけど、妖怪? みたいなのとか、幽霊とか」
ふむ、とぺろぺろと長い舌で汚れた手を舐めて、その獣じみた仕種とは裏腹に、小鬼は知性ある表情で何事か思案した。
「陰の質をお持ちのようだ。気を付けなされ」
「はあ、すんません。ええと、ポテトもあるよ」
「貰っても良いのか!?」
途端きらきらと目を輝かせた小鬼に、佐助は頷きがさがさと紙袋からポテトの箱を取り出して差し出した。小鬼の黒い爪の長い両手が、一本掴みかじり付く。
「あのさ、餓鬼がこの頃いなくなったって、なんで? 田舎に引っ越しちゃったとか」
もりもりと口の中へと消えていくポテトの先が揺れるのを見ながら、佐助は尋ねた。むぐむぐと頬をふくらませていた小鬼は、ごっくんと喉を上下させ、二本目を掴みながら大きく舌なめずりをする。
「餓鬼というものは、年中腹を空かせておるものにござる」
「ああ、うん。餓鬼道におっこちてんだよね」
「うむ。いくら食い物を食ったところで腹が満たされることもなく、業が失せることもない。弱い物の怪ゆえ、他の者に食われることも多い」
「………東京の妖怪には食われちゃうからってこと?」
「否。他の者に餓鬼でおることと誰かに食われること、どちらが辛いと問えばどちらも同じと答えるであろう。だからそれが原因ではないのだが、餓鬼もまた、餓鬼同士や餓鬼よりも弱い物の怪を食ろうことはありまする」
そのときばかりは多少腹が満たされるらしい、と言って、小鬼はまたもりもりとポテトを頬張った。佐助はぐらと曲がった折れ掛けた先をちょいと指で支える。口に押し込まれる形になった小鬼は僅かに背を逸らしたが、そのままもぐもぐと食べきってしまった。電車の時間潰しの夜食だったが、この様子ではすっかり食われてしまいそうだ。
「食い合って、いなくなっちゃったの?」
「いいや、より弱い物の怪は、都会にはおりませぬ故。皆それを追って、どこぞの野山にでもおるのでしょうなあ」
三本目に手を伸ばし、中身が減っていた箱に立ち上がって小鬼は頭を突っ込んだ。佐助は箱を傾け、とんとんと底を指で弾く。
「………業の昇華になるんだよね」
「さて、それは解りませぬが、しかし確かに共食いをしていた者のほうが、さっさと姿を消しましたな。今頃何処ぞの地獄におるか、人となったか、畜生となったか……」
まさか仏にはなれますまいが、と続け、硬いポテトをばりばりと音を立てて頬張って、それから小鬼は佐助を見上げた。くりくりとした睫のない目がぱちりと瞬く。
「そなた、我らに詳しい様子。さては他に、餓鬼と会ったことがおありか?」
「うん、まあ、何回も……ていうか、俺も昔、餓鬼だったことがあるよ」
凄く凄く昔だけど、と付け足し、佐助は僅かに口を噤んだ。小鬼はぱちぱちとまた瞬いて、そうか、と頷く。
「そなた、余程の業を背負うようだな」
「………そうかな」
「そうでありましょう。某も相当の業を持つようだが、それでも前世の記憶など朧気にしか残っておりませぬ。それも人であった頃の記憶。餓鬼道での記憶など、人道に戻れたそなたが持ち続けるなど、辛かろう。しかしまあ、某とてかれこれ4、500年もこうして餓鬼道におるのだし、並々ならぬ悪人であったと……」
「ち、ちょっと待って」
佐助は慌てて遮った。
「ご、500年も?」
小鬼は生真面目な仕種で頷く。
「そうでござる」
「い、一度も転生なしで?」
小鬼は顎を撫で、首を傾げた。
「さて、何度か他の者に食われたような気もするが、すぐに餓鬼道に戻っておりましたからな……転生と呼べるのか、どうか」
「餓鬼道に戻る……?」
「赦されぬ限りは、餓鬼道から抜けられぬのであろう」
佐助は再び沈黙した。
「………あんたは、他のやつを食べないのか? その言葉遣い、お侍だろう? 戦なんて、お手の物じゃないの」
「む、そなたは戦場を知る者か。某と同じ時代に生きていたのかも知れませぬな」
「………戦国にいたことは、あるよ。人として」
「ならば、何処ぞの戦場で会うておるやも知れぬ」
懐かしむように目を細め、それはまあ、と小鬼は続けた。つと立てた指先に、ぼうと一瞬炎が揺らめく。佐助は息を呑んだ。
「これ、このようにな、他の者には出来ぬことが出来るのだ。故に戦となれば、某は強い。その気になれば他の餓鬼を食らいに食らって、疾うに人道に還っておったかもしれぬ」
「なんで……」
「探し人がおるのです」
餓鬼は何処か遠くに目を馳せて、穏やかに微笑んだ。
「餓鬼道へと堕ちてから、幾人も戦場で果てた者等とまみえ申した。武将であった者、足軽であった者、忍びであった者と様々いたが、誰が誰かは解りませぬ。知人のなれの果てもいたのやも知れぬが、こちらがうっすら覚えていても、この見目だ。向こうが覚えておらねば意味がない」
小鬼はぺろりと掌を舐めた。そのさみしげな顔に、佐助は慌てて紙袋を探り、アップルパイを取り出した。欠片を差し出すと、小鬼は嬉しそうに受け取って噛み付く。
「探し人って……」
「うむ。人であった頃のそやつは大変に強い男であったが、もし餓鬼道に堕ちていたとして、同じように強いとは限りませぬ。某の記憶も朧気で、しかと解る自信もなかった。故に、無闇に食ろうては、知らぬ間にそやつまでも食ろうてしまうかもしれぬと、そう思うてな」
そう思うたら食えぬ、と笑って喋りながらももさもさと食べてしまったアップルパイの欠片を舐め取った小鬼に、佐助はいつの間にか見開いていた目を閉じもせず、竦み上がった。手から、アップルパイが滑り落ちる。
それに目を向けた小鬼は、けれど飛び付くことをせずに佐助を心配げに見上げた。
「これ、どうなされた? 気分でも悪いのか」
佐助は両手で顔を覆う。指の合間から覗く小鬼の顔は、お人良しそのものだ。
「お……俺、そんなこと、考えたこともなかった」
「まあ、そうであろう」
「あ、あんたを、食べちゃったこと、あるのかも………」
鬼はあっさりと頷いた。
「そうかも知れぬな。しかし悩んだところで詮無いこと。気になさるな」
「だって、あんた、500年も!」
「そなたに食われたことがあったとして、大した影響はあるまい。それでそなたの業が昇華されたのだとしたら、それで構わぬであろう」
「お……俺、自分が早く人に戻りたくて、それしか……!」
「当然だ。餓鬼でいるのは、辛い」
「だけど!」
「これ、少し声を落とさねば、そなたが不審に思われる。某は普通、人には見えぬものなのだ」
ちょいちょい、とジーンズの裾を引いて注意し、小鬼は気遣いげに微笑した。
「それに、そなたはまだ若い。折角人に戻れたのだ。昔の事など忘れて、今を謳歌せねば」
佐助は細かく瞬いた。吐く息が震える。
「俺……俺も、探し人が」
「ほう?」
「あの人が餓鬼道なんかにいるわけないって、そう思ってたから、仏様なんかになられてちゃ無理だけど、でももし人になってたら、餓鬼なんかじゃ見付けてもらえないと思って」
「必死で人に戻ろうとしたのだな」
「で、でも、俺………」
「何、心配は無用」
とんとん、と佐助の足を叩き、小鬼はにか、と大きな口を開けて笑った。ぞろりと並ぶ歯はいかにも剣呑だ。
「前世を知るなら解るであろう。死しても、いずれ何らかの形でどこかの道へと還るものだ。もし今生にて会えずとも、どこかで必ず、巡り合えよう」
「…………」
「それにな、某のことにしても、そなたが責任を感じる必要などない。時を経れば力が付く、それが物の怪というものだ。某は業を昇華は出来ぬが、業を負ったまま、いずれ鬼に成り果てよう」
「………鬼」
「そうだ、鬼だ。さすれば飢餓に支配されることもなく、自由に駆けて求める者も探せよう」
再び立てた指の先に、先程より強い炎がぼう、と空気を灼いて燃え上がる。
「………だがなあ」
その火に見入っていた佐助は、ふいに弱り果てた小鬼の声に、はっと目を落とした。小鬼は溜息を吐き、ぼやくように肩を落とす。
「某の探し人は、某が鬼でも恐れぬだろうか」
厭がるかも知れぬ、ともう一度溜息を吐いた小鬼に、佐助は慌てて落としたアップルパイを拾った。包み紙にくるんでいたために、ほとんど汚れていないそれを払う。
「大丈夫だよ。あんたが人でも犬でも猫でも鬼でも、全然平気」
言って、アップルパイを差し出すと、小鬼は黒い目を瞬かせて佐助を見上げ、それから満面で笑って己よりも大きなアップルパイを掴んだ。そのまま端へと囓りつき、見る見る間に平らげていく。
「いや、すっかり馳走になった。この都はうまいものが多くていい」
では某はこれで、とぴょいと煉瓦から飛び降りた小鬼を、佐助は止めた。
「あの、あんた、俺んち来ない? 衣食住不自由させないし」
「某は物の怪にござる。暑さ寒さも無関係にて、心配はご無用」
「ええっと、でも、ごはんは」
「某がこの都に残ったのは、どこでも食うものが手に入るからでござる。お気遣いは有難いが……」
「………迷惑?」
いや、と小鬼は頭を振った。
「そなたは陰の質、幽の質の者。餓鬼は幽鬼にござる。そんなものと居ては、そなたの身に障りが出よう」
「そんなこと………」
「自覚はなくともそうなのだ。今夜は充分に温かくして休まれよ。具合を悪くするやも知れぬ」
少々長話をした、と申し訳なさそうに頭を下げる小鬼に、佐助は首を振った。
「あっ、あの、だったらごはん食べに来てよ! 毎日供えとくから、ね!」
去り掛けていた小鬼は不思議そうな顔で振り向き、それからふと表情を改めて、手を差し出した。
「手を出してくだされ」
「え、こう?」
左手を掌を上にして差し出すと、無造作に薬指を掴んだ小鬼は、あぐ、と大きく口を開いて指先へと歯を立てた。がぶり、と音がしそうな仕種の割に、優しく噛まれた指にちくりと痛みが走る。
小鬼は玉を結んだ血を飲み、ぺろりと舌なめずりをした。
「うむ。そなたのにおいは覚えたぞ」
「そ、そうなの」
「寄らせてもらおう。あぱーとか?」
「いや、実家なんだけど……」
「そなたの部屋に、べらんだは」
「あ、ある」
「ではそこに、いつでも構わぬゆえ出しておいてくだされ。頂戴に参る」
では、と丁寧に一礼してぴょんと跳ねた小鬼は、夕闇にあっと言う間に紛れて消えた。
翌日から就寝前にベランダに出しておいた皿は、朝には空になるようになった。
時折そのまま残っていることもあったし、野良猫に食べられてしまっていることもあるようだったが、それでもなんとはなしにあの小鬼が来ているのだろうと佐助は感じた。
驚いたのは修学旅行先でのことで、ないとは思いつつもこっそりと窓の外へと出しておいた皿も、朝には空になっていた。猫が食べない類のものも綺麗になっていたし、早朝に鳥が騒ぐ気配もなかったから、その土地の餓鬼が拾ったものやもしれなかったが、もしかするとあの小鬼が佐助のにおいを辿って、追ってきたのかもしれなかった。
しかしそれも一年と少しで止んだ。
出しておいたピラフの上に雪が積もっているのを見付けた冬の朝を境に、小鬼は佐助の元へ食事をしには現れなくなった。
鬼になったのだろうか、と佐助は思う。恐ろしげな姿になったのだろうか。それとも人の姿に近くなれたのだろうか。
人の姿に近くなったとするならば、人であった頃の姿のようであるならぱ、紅蓮の炎を纏い熱気に長い後ろ髪を棚引かせた、意志の強い瞳を曲げる事を知らぬ、そんな姿であるのだろうと、佐助は目を細めた。冷たい窓ガラスを覗き込むも、ベランダに何者かが現れる気配はない。ただ、夜の闇がしんと広がり、ガラスを鏡にするだけだ。己の白い顔が映り込んでいる。
あの小鬼は佐助の探し人だった。一目で解った、とは言わない。しかし一声で解った。眼差しで確信した。
主が、己を探していたことが、そのために未だ餓鬼道などに留まっていたことが、酷く苦しく同時に酷く嬉しかった。
だが、思えば主は探し人の名を明かしたわけではない。よく覚えておらぬとも言っていたし、そもそも佐助でない可能性もあるのだ。第一、あの主が探すのならば佐助より、慕う師が先のはずだ。
「………お館様は、神様になってるんだと思うんだけどなあ………」
しかしそれならば主もまた、神か仏になっているはずだろう。手を合わせ祀る者が、少なからずいる。
しかしあれは主だ。神でも仏でもなく、あの時代に死んでからずっと、小さな幽鬼の姿で居続けた主だ。
今生で会えずとも、と言った小鬼の言葉は500年の重みだ。しかし佐助は焦れに焦れた。
「俺様、見捨てられたかな………」
浅ましく、人の姿を求めたりなど、したから。
小さく溜息を吐き、佐助はカーテンを閉めた。漂う冷気が遮断され、ほっと肩を弛ませる。
佐助は小さなこたつに座り、参考書を開いた。今生を謳歌しろと言った小鬼の言葉に完全に頷くことは出来ないが、しかし今の両親を悲しませるわけにも、この世で生きて行かぬわけにもいかない。
取り敢えずがっこ行かなきゃ、とまた溜息を吐いて、佐助はシャープペンを片手に頬杖を突いた。
「………見捨てられたのかと思ってたけど」
消灯時間を過ぎ、あら未だ眠ってないんですかと呆れた見回りの看護師がいってしまってすぐに、佐助は一度閉じた目をまた開いた。個室のために閉められていないカーテンレールの上にしゃがみ込み、こちらを見下ろしている黒い目の中心が、暗がりにも恐ろしく光る紅だ。
「馬鹿者。お前は陰質の者だと言うたであろう」
おれが寄れば七晩で祟り死ぬわ、とくっきりと白い綺麗な歯並びを覗かせて笑い、ぬうと立ち上がりながらそれはレールから飛び降り佐助の足下に立った。蛇のように靡いた長い後ろ髪に、佐助は目を細める。
「じゃあ、俺はもう死ぬのか」
「そうだ」
「あんたが、お迎え?」
「それでも構わぬが、さすれば極楽にはゆけぬぞ」
「良いよ」
「もう少し考えて申せ。お前、餓鬼道が辛かったのだろう」
仏の救いがない分こちらはもっと辛いぞ、とかつてと同じ造型の、けれど人であった頃よりも余程整った顔が無表情に告げた。佐助は苦笑する。
「あんたはなんで、その辛いところにいったんだよ。……あんたのために祈ってくれるひとはたくさんいたんだ。直ぐにでも、極楽浄土にはいけたはずだろ」
お館様だってそっちにいるんだろ、と続ければ、鬼はむう、と難しい顔をして唸った。
「それだが、どうもおれの未練が煩悩に属したのであろうな。皆が祀った真田幸村と、おれの抱く未練が結ばれなかったのであろう」
真田幸村は戦場の鬼であったゆえ、と続けた鬼に、佐助は唇を弛ませる。
「なになに、自惚れちゃっても、いいってこと?」
「誰のために五百年も幽界を彷徨ったと思っておるのだ? お前、おれを信じておらんのか」
まったくしようのない、と嘆息し、鬼は膝を突いた。仰臥する身体の上に完全に乗られているというのに、その足や膝の感触は触れても、重さがない。
鬼の手が、ひたりとこめかみに触れた。あまりの熱さに反射的に危機を覚えたか、ざわと膚が粟立つ。こめかみの薄い皮膚を通して沁みた熱に、頭の芯がじんと痺れた。
まるで快楽だ。
「お前を探していた」
佐助は朦朧と瞬いた。
「………嬉しいね」
「戦場の、武田の忍びだからではないぞ」
共に駆けた者だからではない、と続け、鬼は薄く目を細めた。その目に光る欲に、今にも舌なめずりしそうなきゅうと吊り上がった唇に、佐助は病に弱った己の身体が、急激に死んでいくのを感じる。
「おれの佐助だからだ」
いつの間にか深く屈んでいた鬼の顔が、目の前にある。肩口からこぼれた髪が、ひたひたと頬を打った。それさえも熱い。
「食ろうぞ。………いいな」
言って、答えなど聞かぬままに文字通り唇へと食らい付いた鬼は、肉厚の舌で絡めとった佐助のそれへと噛み付いた。
佐助は弱った腕を震えながらに持ち上げ、かつて戦場を駆けていた頃のような、逞しい鬼の肩へと縋り付いた。
20081209
Bread is better than the
songs of birds
秋の夜長/こめかみ
理想の欲より煩悩の欲
企
虫
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