う さ ぎ の か わ は か ぶ れ ま せ ん

 
 
 
 
 
 

 ええっと、と口癖のように意味もない感動詞を呟いて、佐助は軽く頬を掻いた。
「ハッピーハロウィーン……?」
「なにがハッピーだ」
 地を這うような低音で返し、ぎろりと鋭い眼光で睨み付けた幸村にいやあ、と呟き佐助はその男らしく腕を組み仁王立ちをした姿を眺めた。自然と溜息が零れる。ぴくりと右の眉と肩を上げた幸村の僅かな動きに、袖のレースが揺れた。
 赤い生地は安っぽくてかてかと光っているが、白いレースと長く端を残して結んだ黒いリボンがあちこちにあしらわれた衣装は可愛らしいの一言に尽きる。膨らんだスカートの裾から覗くパニエの飾りレースもロリータ色を増していて、ああ本当に可愛いなあ、と佐助は思った。とりあえずハロウィンに何か関係するようには見えないが、可愛いものは可愛い。
 ただし、ミニスカートからにょっきりはえた筋肉質な腿と、ぼこりとした膝小僧と、太い骨がくっきりと浮いた臑がなければの話だ。
 目を上げれば腕組みをした上半身を包む衣装は肩幅が明らかに足りていないし、やわらかな胸が収まるのが似合いのはずのブラウスには厚い胸板が存在を主張している。細くて華奢な胴体が収まっているはずの腰も引き締まってはいるものの頼り甲斐のありそうな逞しさだ。
 佐助はもう一度足下へと目を落とした。可愛らしい靴かブーツが似合いそうなそこには、使い込んだ内履きがある。ご丁寧に白いソックス付きだ。
「ねえ、足つるつるなんですけど」
 よく見れば剃り残しと既にぼつぼつと頭を出し始めたすね毛が見えたが遠目には気持ちが悪いほどに手入れされた臑を見ながら言えば、幸村は忌々しげに呻いた。
「それは、前田が」
「つか、あんた吸血鬼だか狼男だかやるって言ってなかった? 獣耳とかそれはそれで痛々しいけど」
「痛々しいとか言うな!」
「せっかくの可愛い服が可哀想………」
「だから、前田が!!」
「そうそう、慶ちゃんあたりが着りゃあいいんだよ。あの子ごついけどあそこまででかけりゃかえって面白いじゃない。顔は可愛いんだしさあ」
「うるさい!! 狼男の着ぐるみがでかいサイズしかなかったんだ!!」
「じゃ、慶ちゃんが狼男?」
「………………そうだ」
 へえ、そりゃ可愛いんじゃないの見てみたい、とにこにことすれば、幸村は一層険悪な顔をした。佐助は肩を竦める。
「ほんと慶ちゃん嫌いだよね」
「好きとか嫌いとか言う話ではない! 何故あいつはああなのだ!! 人を振り回すだけ振り回して自分はさっさと女子に囲まれてどこかへ行ってしまったんだぞ!!」
「なんだ、あんたも女子に囲まれたかったの」
「そんなわけがあるかッ!! 佐助、お前まで俺を愚弄するのか!?」
「愚弄なんかしてないけどさあ」
 言いながら手を伸ばし、佐助は曲がっていた袖のリボンを直した。
「そんなこと言いながら足つるっつるにさせてたり素直に服着ちゃってたり、結構楽しんでるんじゃないの?」
「そ、それは……その」
「なんだかんだであんたお祭り騒ぎ好きだもんね」
 く、と笑い、佐助はファインダーを合わせるように指で四角く視界を区切り、片目を瞑ってうーん、と唸った。
「ま、顔だけ見れば可愛いかなあ?」
「顔だけとはなんだ」
「だって身体でっかくってごっつくってむさいんだもん」
「男なのだから仕方ないだろうが」
 また顔を真っ赤にして怒鳴るかと思えば、指ファインダーの中の幸村は口角を片側だけ上げた妙に男臭い笑みを見せた。無造作に伸びた手が、佐助の肩の後ろを掴む。
「お前なら女物の服も似合いそうだな」
「顔が悪いって、顔が」
「そんなこともあるまい。可愛いぞ」
 肩を掴んでいた手が項に回る。学校でこれだけ密接してくるのも珍しい、こりゃはしゃいでるんだな、と近付く顔を見ながらぱちぱちと目を瞬かせ、佐助はふと伝えるべき用件を思い出した。
「あ、そうだ、あのね」
「何だ」
 今にも唇がくっつきそうな距離で囁いた声が湿った息と共に掛かる。そのまま僅かに顔を傾けて目を伏せた幸村に、佐助は続けた。
「今日、毛利来るって言ってたから、チカちゃんも………」
 がらり、と唐突に開いた引き戸にぎしりと固まった幸村を余所に、くり、と顔を向けた佐助はばしんとがしゃんの間の音を立てて激しく閉じられた引き戸と反動で三十センチは開いた隙間からすらと身を翻して去って行った飴色の髪を見た。
「………あー、来たみたいだね」
「も、も、も、毛利さん!!」
「もう行っちゃったって。ゼミの合間縫って来てくれたんだろうけどなあ。帰っちゃったかなあ」
「お、お待ちを!! 折角いらしたのにただ帰したとあってはお館様に叱られます!!」
 今更追い掛けたところでなかったことにされているだろうに、そういう所は酷く不器用な幸村はしつこく食い下がって殴られるのだろう。
 生徒会行事にお館様関係ないじゃん、と肩を竦め、激しく混乱しているらしいスカートを翻して駆けて行った恋人の荒い足音が遠離るのを聞きながら、佐助は自分の椅子を引いて頬杖を突いて座った。元就が来たと言うことは、バイクをどこぞにおいた元親も直に顔を見せるだろう。
 そうしたら慶次を可愛がりに行ってやろうと考えて、ふと片目のクラスメイトを思い出す。幸村と違って面の皮はこれ以上ないほど厚い相手だ。狼男を何処ぞに引っ張り込んで、今頃は楽しくやっているのかもしれない。
 お邪魔かなあ、と考えて、佐助はがさりと秋物コートのポケットに手を突っ込んだ。
「トリックオアトリートくらい言えばいいのに」
 小さなクッキーの詰め合わせを目の前にぶら下げて、佐助は今頃不発の悪戯の言い訳を必死でしているのだろう恋人にくすくすと笑った。

 
 
 
 
 
 
 
20081219
初出:20081031
虎ですから<タイトル

ハロウィンは学校行事ではなく生徒会企画
3年生は自由参加