ゆ   め   ご   こ   ち

 
 
 
 
 
 

 ちょっと寝るかあ、と夢吉が御手洗団子を頬張るのを煙管を吹かしながらにこにこと見ていた慶次が、ごろりと横になった。がっちゃんと大味な動きに躯の下の瓦が鳴るが何処吹く風だ。
 夢吉はぺろぺろと手に付いた甘い垂れを舐めて、直ぐ側の横顔を見上げた。機嫌良さそうに少し端の吊り上がった唇に、先程味見だと言って少し団子を囓った際に付いた垂れが拭われないままでいる。
 ぺと、と頬に手を置いて唇を舐めると、こらくすぐったいぞ、と大きな掌が優しく背を撫でた。
 顔の横に再びぺたんと座り込み、ぺろぺろと毛繕いをする。直ぐにすうすうと寝息が聞こえ始めて、ちらと見遣れば口元に笑みを掃いたまま、慶次は本当に寝入ってしまったようだった。寝床を求めてやってきた遊郭であったのに、馴染みの姐さんは瓦の下で客と睦んでいる真っ最中だ。
 芸妓にも友達も知り合いも多い夢吉の主人は、そういう意味で彼女達と寝ることはしない。寝床でも風呂でも戦場でも、夢吉を伴うのだから他でしているということもない。───と、寝入ってしまった主の頭を撫でながら、膝枕をしてくれていたとある姐さんが、戯れに夢吉に話してくれたことがあった。この子はまともな子だから、あんたはんを伴って、女を抱きはしないでしょう、と。
 無論夢吉に答える人の言葉はないから、それは独り言であったのだろう。姐さんには、生きていれば慶次と同じくらいの年の、弟がいたのだと言う。
 自らの毛繕いを終えて、夢吉は無造作に広がった慶次の黒髪へと手を伸ばした。絡まったそれを解きながら、桜の花弁をぺいぺいと取り除く。直ぐにその作業を終えて耳の上側へと移動し、横髪を繕えば、小さくうん、と唸りが聞こえた。手を止めじっと見るも、僅かに身動いだだけでより深く息が洩れ、直ぐに規則正しい寝息に取って変わる。屋根の上だと言うのに、陽気に誘われたのか、本格的に寝入ってしまったようだ。
 夢吉は毛繕いを続けた。しなやかな髪は艶やかで、この髪を繕ってやるのが夢吉の目下の楽しみだ。起きているときにやると眠くなると嫌がられるから、こうして、最初から眠っているときに繕う。別に虫を飼っているわけでも汚れているわけでもないのだが、風に舞わせるだけ舞わせて放っておくものだから、砂まみれ埃まみれでぎしぎしとしていることが多く、繕い甲斐はある。
 
「あれっ、慶ちゃん!」
 
 ふいに、下方から響いた声にぴくりと手を止めて、夢吉はちょろちょろと屋根の端へと走った。覗き込むと、男が三人と娘が一人、こちらを見上げて指を差している。
「ああ、夢吉も。やっぱり慶ちゃんや」
「なんや、帰って来はったなら顔出したらええのに」
「慶ちゃん! おーい、なんや、寝てんのか?」
 夢吉は大声で慶次を呼ぶ男の顔目掛けて、迷わずぴょんと飛び降りた。
「うおっ!?」
「な、なんや夢吉! どないしたん!」
「あっ、あたた! 痛いて夢吉! やめえ!」
 髪を引っ張り袖に噛み付き肩を引っ掻き大暴れして、喚く口をぺちんと叩くと目を丸くして見ていた娘が、ぽんと手を打ち男の一人の袖を引いた。
「夢吉はん、慶ちゃん起こしたくないんと違う?」
「へっ?」
「なあ、夢吉はん」
 ぺし、と口を男の押さえたままの夢吉を覗き込み、娘は微笑んだ。
「慶ちゃん起きたら、顔出すように伝えてや。……って、あんたにはひとの言葉なんか判らしまへんなあ」
 ころころと笑う娘にきっ、と小さく一声啼いて見せて、夢吉はぴょんと軒へと飛び移り、ちょろちょろと雨樋を伝って屋根へと戻った。笑いさざめきながら、男たちと娘が去って行く声が聞こえる。
 慶次の側へと戻り、ぺたんと座り込み髪へと手を伸ばし掛けると、ふいに背を撫でられた。顔を見上げる。慶次は目を閉じたままだ。
 そのまま無言で優しく優しく柔らかな小猿の背を撫でて、慶次は再び腕を下ろした。夢吉は首を傾げて暫くその平和そうな寝顔を眺め、それから髪に手を伸ばし、どこからか飛んできたのかまた付いていた花弁をぺいと取り除いた。

 
 
 
 
 
 
 
20061123
夢の守護者
ななつめ固有技にきゅんとした