いくつか花を付けたままの梅の枝が落ちていた。
 
 
 元就は目を上げそれが付いていただろう小振りの梅の枝振りを眺める。未だ若く、花を付けるようになってからまだひととせ、整える必要も今のところは感じない。
 もう一度地べたの枝に目を落とし、身を屈めて拾いその折り口を見れば、やはり力任せに折られたように生木を晒して割けていた。とはいえ細い枝ではあったから、花を食べに来た獣が折ったものかもしれぬ。少なくともこの家の者であるのなら、元就の目に触れる場所に花が萎びればただ見苦しいばかりの枝を放置して行くことはすまい。
 手の中の枝を軽く振ると鼻腔を梅の香が擽る。だからどうと感じることもないが、ただ投げ捨てる気にもなれずにくるりと枝を返してその花の数をなんともなしに数えていると、おい元就、と妙に威勢のいい、悪く言えば柄の悪い声が名を呼んだ。元就は僅かに眉根を寄せて肩越しに振り向く。
「誰の許しを得た」
「ここんちの誰か」
 この男が名も判らぬような下人であるならここまで通す許可など出せぬものを、しゃあしゃあと言ってまさに神出鬼没の鬼は軽く首を傾げた。その隻眼が手折られた枝に注がれる。
「どうしたんだ、それ」
「どうしたとはなんだ」
「飾るのか? ならそんな若いひょろひょろのじゃなく、もっと───」
「我は華道は嗜まぬ」
 言って、何気なく、元就はそれを差し出した。隻眼の鬼が目を瞬かせて、それと元就の顔を見比べる。
「くれんのか」
「ああ、」
「へえ」
 にやり、と口角の片端を吊り上げたその顔に、咄嗟に後悔して手を引こうとしたが続いて目尻に皺を刻むようにしてとろりと笑み崩れた顔に、引きかけていた指が止まった。
 元親は元就の細長く骨張った指ごと掬うように枝を引き寄せ、梅の香を吸う。
「屋敷中梅の匂いがすると思ってたんだが、ここが元だったか」
 有難くいたたくぜ、とただ拾っただけの枝にこの男にしては丁重な礼を言って、決して小さいわけでもない元就の手を更に丸ごと包んだままの大きな手が、酷く優しく蠢いた。
 
 そういえば、この男は時折道すがら咲いていたのだとはまゆりや野菊や、見事な桜の枝などを手折っては手土産に持ち込むことがあった。
 おなごのようなことをする、と答えて受け取れば、ただ大きな口をにいと引いて鋭い犬歯を覗かせ嗤うだけではあったのだが、ああかつてこれは姫若子と呼ばれていたのであったかと元就は思い出す。
 
 戦と執務で忙しく、華道など嗜む時間はないからさほど世話をするでもないものの、それでも枯れ果てて花が落ちすっかりと乾いてしまうまでを、見苦しいから早う捨てておしまいなさいと苦言を吐く側付きの言葉も無視して愛でているのだと知れば、鬼はまたにいと口を歪めて嗤うのだろうかと。
 そんな埒もないことを考えながら、大きな手が枝を取り空になった掌を包んで導くままに屋敷へと戻りつつ、元就は鬼の懐へと差し込まれた梅の枝を見た。
 
 この鬼はこの花が枯れても愛でるのだろうかと。
 
 それもまた埒のないこと。

 
 
 
 
 
 
 
20061030
…梅は食うとも核食うな 中に天神寝てござる
うめはくうともさねくうな なかにてんじんえてこざる

うっかり食べると毒